山本直洋さん

――空撮写真絵本『そらをとびたい』の写真家、山本直洋さんインタビュー【前編】に続く【後編】です。

成功すれば世界初となる「七大陸最高峰空撮プロジェクト」という壮大な夢を追い続ける山本さんは、いったいどのように育てられたのでしょうか。

そしてパパとして娘さんにどのように接し、また夫として、夢への挑戦をどのように考えているのでしょうか。『そらをとびたい』で文章を担当した育児ライター・ちかぞうが直撃しました!

フォトギャラリー空撮写真絵本『そらをとびたい』の中身を写真でさらに見る

夢を否定されたことはなく全て自由に!「自然を愛する」ことも教えてくれた

山本直洋さん(以下、山本):両親についてはとにかく、自由にさせてくれましたね。

別にこんな風になることを狙って育てられたっていうのは全くなくて(笑)。でも「やりたいことをやる」ことについては、特に制限なくやらせてもらいました。

なかでも大きかったのは、中学生の時に親の仕事でノルウェーに行ったんです。ノルウェーにいる間に、家族で、田舎の自然のあるところに旅行に行ったりして、すごい景色を見てきたんですよ。その時の経験というのが、自分のなかですごく大きくて。

前回もお話しましたが、僕は「地球を感じる」をテーマに空撮をしていて、その想いを持つようになるのも中学生ぐらいの時で。

中学2年生の時だったかなぁ、親と一緒にノルウェー南西部のリーセフィヨルドに遊びに行きました。プレケストーレンというところは観光地としても有名で。フィヨルドの切り立った崖があって、岩の上まで登っていけるルートがあるんです。

大体の観光客はそこまで行って帰るんですけれども、僕はもっと先まで、親を置いたままひとりで勝手に登っていって。山の上から見た景色がすごいきれいで、ものすごい感動して。そこでしばらく、のんびりひとりで横になっていたんですよ。

で、戻ったら、親はすごい勢いで僕のことを探していて。母親なんて泣いちゃってて「どこ行ってたの?岩の割れ目に落ちたんじゃないかって心配したのよ!」って怒られて。

それでその時、僕、なんか知らないですけど「僕は地球を見てきた」って答えたんですよ(笑)。

その時の経験が今の僕の写真家としてのテーマ「地球を感じる写真」に繋がってるんだと思います。

毎晩、夢の中で空を飛び続ける少年時代!大学卒業後、就職したものの?

山本:「空を飛ぶ」というのは、本当に小さな頃からの夢で、物心ついた頃には、空を飛ぶ夢を見ていました。

一番古い夢で覚えているのは、ウルトラマンになって飛ぶ夢ですね。その辺の石ころみたいなのをつかんで「変身!」ってやって「シュワッチ!」って飛んでいく。

その後、だんだん変わっていって、そのうちドラえもんのタケコプターを付けて飛ぶようになって。

その頃に見ていた夢は、なんというか、メルヘンメルヘンな世界で、まさに夢の中で飛んでいる感じだったんですけれども、中学生ぐらいになると、それがまた変わってきて。

僕、その頃『ドラゴンボール』というマンガが大好きだったんですが、ドラゴンボールのキャラクターが「舞空術」という空を飛ぶ術を使うんですよ。それをマンガで読んでからは、僕も夢の中で舞空術を使って飛ぶようになって。

空を飛ぶ世界がどんどんアップグレードされていって、メルヘンな世界じゃなくて、現実の、リアルな世界になってきて。

中学2年生ぐらいにノルウェーで見ていた夢というのは、本当に夢とは思えないような、リアルな世界を飛んでいたんですよね。ノルウェーの空を、舞空術で飛んでいた。高度1000mまで上がって、キューッと急降下して低空飛行したりして。そんな夢を毎日のように見ていて、それをコントロールできていたんですよ。

だから将来的には「空を飛ぶような仕事をするんだろうな」って漠然と思っていました。

日本に帰国して大学生になって、空を飛ぶ夢はあんまり見なくなったんですけど、就職活動では航空会社を受けてみたりもしました。でも全然かすりもせず、全部落ちて。「やっぱりダメか」と、一度はSE(システムエンジニア)として就職しました。

それで働きながら写真に興味を持ち始めた頃、たまたまモーターパラグライダーというものがあることを知って。

「空から写真を撮る『空撮写真家』になったら、仕事にもなるし、空を飛ぶ夢もかなえられるし、一石二鳥だ!それやろう!」と思って。写真の勉強とパラグライダー、ほぼ同時に始めました。

初めてパラグライダーで飛んだのが、栃木の烏山というところだったんですが、その時に見た景色が、中学生ぐらいの時に見ていた夢の景色とすごいリンクして「やっぱり、コレだーッ!」と(笑)。

その時、写真もパラグライダーもまだ始めたばっかりでヘタクソだったのに「空撮写真家になる!」って、完全に決めちゃった。それが16年ぐらい前なんですけど、それからいろんなところに行って飛んで撮って、いまに至ります。

――失礼を承知で申し上げますが、かなり「不思議ちゃん」な少年で、思い込みも激しいタイプですよね?ご両親としても、ハラハラしたのではないかと。

山本:でもいま言ったこと全部、何の文句も言わず、自由にやらせてくれたんですよ。それは大きかったと思いますね。自然がすごい好きになったのも、親のおかげですしね。

――ところで山本さんも一児の父となりました。娘さんが「〇〇になりたい!」と言うこともあると思うのですが、どんな対応をしていますか。