展示風景より 奥の空間はDIAMONDS ARE FOREVERによるインスタレーション《CQ!CQ!This is POST CAMP》

女性が男性の服装を、男性が女性の服装を身にまとう「異性装」は、日本ではヤマトタケルをはじめ神話の時代から数多くのエピソードや文化、芸能のなかで伝えられている。渋谷区立松濤美術館で10月30日(日)まで開催されている『装いの力―異性装の日本史』では、この異性装の歴史を紐解いていく。

フォトギャラリー【写真13枚】渋谷・松濤美術館で開催!『装いの力―異性装の日本史』展示の様子
  • 三代・山川永徳斎 《日本武尊》昭和時代初期 個人蔵
  • 《新蔵人物語絵巻》(部分)室町時代 サントリー美術館蔵 ※会期中場面替えあり
  • 谷文晁 模写《石山寺縁起》巻三(部分)江戸時代 サントリー美術館蔵 ※会期中場面替えあり
  • 《朱漆塗色々威腹巻》江戸時代 彦根城博物館蔵 ※前期展示のみ
  • 《納戸紗綾地菖蒲桔梗松文 振袖》江戸時代 奈良県立美術館蔵

古代から現代までの異性装をたどり、「装いの力」を考察する

人間を男性と女性の2つに区分する考え方は、私たちの認識や文化、社会制度のなかに現在も深く根付いている。そして、その区分のわかりやすい記号として、衣服の形態は男女で異なることが多くあった。そして、この男女の境界線を軽やかに越える「異性装」もまた、古来より行われてきている。

同展は、異性装を絵画や衣装、写真、マンガなどのさまざまな作品を通して、古代から現代までの異性装をたどり、「装いの力」を考察していくものだ。

展覧会は8章構成。第1章「日本のいにしえの異性装」は、神話の時代から江戸時代に至るまでの異性装の歴史を追う。日本の異性装は、『古事記』に登場したヤマトタケルにまで遡ることができる。ヤマトタケルは九州の熊襲兄弟を討伐するため、髪をおろし、女性の装束を身にまとって宴に潜入、熊襲兄弟を討ち取った。

三代・山川永徳斎 《日本武尊》昭和時代初期 個人蔵

《新蔵人物語絵巻》は、女性の身のままでは成仏も往生もできないと信じられてた室町時代の物語絵巻。主人公である女性は、修業によって「変成男子」となり、男装して宮仕えをしていたところ、女性であることが帝に露見し、寵愛を受けることとなり……、という、現代でもドラマ化されそうな波乱万丈なストーリーが展開する。

なお、さらに破天荒な物語が繰り広げられる絵巻の後半部分は大阪市立美術館の所蔵で、9月14日(水)に開幕したサントリー美術館『美をつくし―大阪市立美術館コレクション』で展示される。

《新蔵人物語絵巻》(部分)室町時代 サントリー美術館蔵 ※会期中場面替えあり

また、神話や物語のなかだけでなく、実際の社会においても異性装の風習があったことが伝えられている。谷文晁が模写した《石山寺縁起》には僧侶のそばに女児が描かれているが、当時の寺院は女人禁制であったため、近年の研究では女性の出で立ちをした稚児であると推察されている。

谷文晁 模写《石山寺縁起》巻三(部分)江戸時代 サントリー美術館蔵 ※会期中場面替えあり

第2章「戦う女性―女武者」では、兜を身に着け戦いに臨んだ女性を取り上げる。《朱漆塗色々威腹巻》は、井伊家に伝わる女性用の具足。井伊家は当主から家臣まで武具類の一切を朱色で統一していたことから「井伊家の赤備え」と称されていた。女性用の甲冑は非常に貴重なものだ。

《朱漆塗色々威腹巻》江戸時代 彦根城博物館蔵 ※前期展示のみ

第2章とは対照的に、第3章「“美しい”男性―若衆」では美しさを求められた男性たち「若衆(わかしゅう)」に注目する。

一般的に、若衆は若い男性を指す言葉であるが、江戸時代には「陰間」と呼ばれる男色の対象となっていた少年や役者を意味することもあった。彼らは《納戸紗綾地菖蒲桔梗松文 振袖》のような、端午の節句ちなんだ菖蒲の柄を織り込んだ男性向けの文様とサイズの振り袖を身に着けていたという。

《納戸紗綾地菖蒲桔梗松文 振袖》江戸時代 奈良県立美術館蔵

古代から続いた異性装の文化は、江戸時代に入り文化として発展していく。第4章「江戸の異性装-歌舞伎」では、室町時代から江戸時代にかけて出雲阿国が創始し、風紀取締のため客を取らず、男性のみが演者となって発展していった歌舞伎を、そして第5章「江戸の異性装-物語の登場人物・祭礼」では『南総里見八犬伝』など、異性装が登場する物語を取り上げる。

第4章、第5章展示風景より

数々の浮世絵を見ていくと、江戸時代までの日本では、異性装は実際の社会のなかでは大々的に受け入れられてはいなかったものの、物語のなかや芸能、祭礼など、限定的なかたちでは許容されていたことが感じられる。しかし明治時代に入ると、異性装はタブー視されるようになっていく。