ミュージカルからトロット(韓国演歌)という全く違うジャンルに挑戦して、新たな可能性を開いたエノク。昨年は日本の歌謡曲のデジタル音源をリリースしたのを皮切りに、日本での活動に踏み出した。

2月には日韓の歌手が集う『現役歌王 ALL STAR DREAM MATCH』大阪公演に続き、初の日本ソロコンサートを行うことから大きな注目を集めている。

ミュージカル出演のかたわら公演準備に余念がない多忙な中、応えてもらったインタビューの後編をお届けする。

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  • 写真提供:EMK ENTERTAINMENT. Co., Ltd.
  • ENOCH(エノク) 写真提供:EMK ENTERTAINMENT. Co., Ltd.

ミュージカル俳優として転機となった3つの作品

――2007年のデビューから休みなくミュージカルの舞台に立たれているエノクさんにとって転機になったと感じる作品は何ですか?

私は偶然が重なってミュージカルを始めたので、基礎が大してなく、このまま続けてもいいのかという思いをずっと抱きながら、作品ごとに少しずつ学んでいきました。

ようやく今後もミュージカルをやってもいいと思えた作品が『ロミオ&ジュリエット』(‘09)でした。私が演じたマーキューシオは芯のある演技を見せないといけない役だったのです。

初めて出る大型ミュージカルで、しかも芸術の殿堂オペラ劇場という伝統ある劇場の舞台に立って、良い評価をもらえたことに勇気付けられました。

――大型ミュージカルはもちろん、小劇場でも活躍されていますね。

はい、もう一つの転機になったのがまさに小劇場作品で、日本でも有名な『スリル・ミー』(‘14)です。栗山民也さんの演出版をそのまま韓国で上演したんですが、とても緻密な演出のおかげで、小劇場での演技をもっと極めたいという強い思いになり、舞台全体への視野が広がったと感じた作品でもあります。

その後『レベッカ』(‘21)でマキシム役を演じた時、単に俳優としてだけでなく、演出面や企画的な部分まで俯瞰的に見られるようになったことを実感しました。

――数多い出演作の中で、特に思い出に残っている作品を挙げていただけますか。

達成感が得られ、これからも俳優として粘り強く活動していかれるという自信を与えてくれたのが『ブロードウェイ42番街』(‘16〜‘17)でした。

初めてタップダンスを学んで、しかもワンキャストで1年間各地の舞台に立たなければならず大変だったことが忘れられません。

そうした中で途中体調を崩したり、風邪を引いたり、足の爪が剥がれたこともありました。アンダースタディの方はいましたが、とにかく続けるしかなかったんです。

でも、そうした大変な状況を乗り切っただけで、自分を誇れる思いでした。

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