「7年前は地元の方とほとんど会う機会はありませんでした」。今度はラグビーを通じて福島との新たな繋がりを。

9月21日、清水建設江東ブルーシャークスは、キャンプ地である福島県のJヴィレッジでラグビークリニックを開催しました。
この日、クリニックに参加したのは、地元、いわきラグビースクール、勿来ラグビースクール、HOALOHAいわきラグビースクールに通う小中学生65人。ブルーシャークスの選手やコーチが、パスやキック、ボール運びなどラグビーの基本技術を指導しました。

吉廣広征ヘッドコーチ兼マーケティングリーダー、セコペ・ケプFWコーチ、権丈太郎FWコーチ、宮本誉久FWコーチ兼アナリスト、坂本和城BKコーチ、浦野龍基コーチングコーディネーター、金村拓耶選手、佐藤大地選手、河村ノエル選手、エッセンドン・トゥイトゥポウ選手らがコーチとして参加


グラウンドでは、子どもたちが選手のアドバイスを真剣に聞きながら練習に取り組む姿が。時間が経つにつれて選手との距離も近付き、最後には、大きな笑い声が広がりました。

子供達に指導する佐藤大地選手

その65人の子どもたちの笑顔を見つめながら、大隈隆明GMは、7年前の福島を思い返していました。
福島でトレーニングキャンプを開催すること。それは、大隈GMにとって特別なことでした。

7年前、清水建設の社員として、復興支援業務のため福島県に3カ月間滞在。Jヴィレッジから車で5分ほどの場所にあった仮設宿舎で生活し、そこから約1時間かけて大熊町の中間貯蔵施設へ通う毎日を送っていたのです。

当時、現場周辺は放射線量が高く、立ち入りが制限されていた地域。そこで、福島第一原発事故に伴う汚染土や瓦礫などの処理に関わる業務を担当していました。

1日に約300台の大型ダンプが稼働する現場で、運搬車両一台一台にGPSを取り付け、決められたルートから逸れないよう監視する仕事。朝5時ごろに宿舎を出て、夕方まで現場で作業する日々。

「終わりが見えない途方もない作業。でも、少しでも人々に影響がない状態にしたい。その町を出て行かざるを得なかった人たちが、いつか戻れる場所を作りたくて毎日必死でしたね」

今回の合宿で、大隈GMは7年ぶりにかつての作業現場を訪ねました。
ただ、そこで目にしたのは、期待していたものとは異なる光景でした。

「変わったな、と思いたかったんです。でも、実際に行ってみると、ほとんど変わっていないように感じて。複雑な思いになりました」

一方で、Jヴィレッジでは復興の歩みも感じました。

合宿期間中、ブルーシャークスの選手・スタッフは、震災復興について学ぶ研修を受講しました。震災後、Jヴィレッジは、芝を守るために大切に整備されていたグラウンドに鉄板を敷き、復興作業員のための仮設宿舎を建設。多くの車両が行き交う場所となっていたことを知りました。

復興支援について学ぶ選手たち

そんな場所に今は再び綺麗な芝のピッチが広がっています。

「もう元の状態には戻れないと思っていたと聞きました。でも、いろいろな方が頑張ったからこそ、こうして戻すことができた、って」。
そして、そのJヴィレッジの芝の上で、この日、65人の子どもたちがラグビーを楽しんでいました。

この日、クリニックに参加した子どもたちのその家族や関係者を含めると、100人を超える人々がJヴィレッジに集まりました。
参加した中学2年生の男子生徒は、「専門的なことをやりながらも楽しくラグビーができました。また機会があったら参加したいです」と笑顔で話してくれました。

7年前、復興支援の現場で地域の人々とほとんど会うことがなかった大隈GMが、今度は福島の子どもたちとラグビーを通じて交流することができました。

「福島に来ることをすごく楽しみにしていました。どれくらい復興しているのかも自分の目で確かめたかった。実際はまだまだ途中だと思います。でも、前に進んでいると感じることもできました」

そして、今回の活動を一度きりの交流で終わらせるつもりはありません。

「ぜひこれからも関係性を深めていきたいと思っています。福島のラグビーの発展を一緒に頑張っていきたい。これからも福島の復興の様子を見続けていきたいです」

7年前、復興のための日々を過ごした福島で、今度はラグビーを通じて、地域の子どもたちと未来をつないでいきたい、という大隈GMの思い。
清水建設江東ブルーシャークスにとって、今回の福島での活動は、地域との新たなつながりを生み出す一歩となりました。
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