自信がなかった「ジュリアード王子」と呼ばれる天才ピアニスト役
若手ピアニストの登竜門として注目されている芳ヶ江国際ピアノコンクール。
7年前、母親の死をきっかけに表舞台から姿を消していたかつての天才少女・亜夜(松岡茉優)は、再起をかけたそのコンクールで異なる才能と夢を持つ明石(松坂桃李)、マサル、塵(鈴鹿央士)の3人のコンテスタントに出会うが……。
映像化不可能と言われていたそんな恩田陸の同名小説『蜜蜂と遠雷』を、14年の監督作『愚行録』で注目を集めた石川慶監督が完全実写映画化。
俳優陣の高度な演技バトルとピアノ演奏、映像と音楽が一体となって観る者に迫ってくる本作で、そのルックスと育ちの良さから「ジュリアード王子」と呼ばれる天才ピアニストのひとり、マサル・カルロス・レヴィ・アナトールを体現した森崎ウィン。
スティーブン・スピルバーグ監督の『レディ・プレイヤー1』(18)でハリウッド・デビューも果たした期待の新星が、公開前から「傑作」の声が数多く聞かれていた音楽ムービーの現場を熱く語ってくれた。
ピアノはどのぐらい練習したのか?
――『蜜蜂と遠雷』は4人の天才たちの物語ですが、その4人のひとり、マサル役でオファーがあったときはどう思われましたか?
僕はもともと原作の小説のファンで、映画化すればいいのにな~と思いながら読んでいたんです。
そのときに、映画化するとしたら俺はどの役だろうな~? と考えたりもして、あっ、できる役がないなって結論に達していたんです。
なので、マサル役のオーディションの話を聞いたときも、えっ、マサル役?って思いました(笑)。
――そのルックスと育ちの良さから、「ジュリアード王子」と呼ばれる天才の役ですね。
だから、マジか?と思いましたし(笑)、自分がマサルをやったら原作ファンの僕は観ないなと勝手に思い込んでいたので、石川慶監督とそのオーディションの場でお会いしていろいろ聞かれたときも「正直、僕、マサルを演じられる自信がありません」って言いました。
だけど、石川監督が「いや、ウィンで行きたい」と言ってくださって。それこそ「映画化は原作の再現VTRではないから、映画は映画として捉えてもらって、森崎ウィンのマサルを作ってくれればいいよ。
いや、森崎ウィンのマサルを一緒に作っていこう」という言葉で一気にやる気が出たので、「分かりました。
監督が僕に決めてくださるなら、僕は監督と一緒に同じ墓に入る気持ちでやります」とお伝えして、まずはピアノとがっつり向き合いました。
――ピアノはどのぐらい練習されたんですか?
クランクインするまでの5ヶ月ぐらいですね。
――ピアノはもともと弾けたんですか?
音楽活動もしているので、曲を作るときにちょっと弾いたりはしていたんですけど、クラシックを本格的に弾くのは初めてで。
指に番号をつけて、その番号通りに鍵盤を押していく練習もするんですけど、決められた指で演奏しなければいけないそのクラシックのルールから教わりましたから、すごく長い道のりでした。
――ピアノの弾き方の違いによって、4人のキャラクターやそのときの状況も表現されていましたが、その点でも苦労があったんじゃないですか?
ありました。コンペティションのシーンのカデンツァ(即興演奏)のところなんですけど、鍵盤を叩くマサルの強さとエレガントさがいちばん出るオクターブ演奏(ド~ドなどの離れた8度の音を片手で弾く演奏法)を監督が前面に出したいということで、何回も撮ったんです。
そしたら、鍵盤を何回も力を入れて叩いているうちに肉と爪が剥がれていって、ピアノのミュート(消音)の設定も外れて音が出るようになったんです(笑)。
でも、そのときのガ~って全力で弾いていたときの表情がよかったみたいで、OKになったんですよね。
――鹿賀丈史さんが演じられた世界最高峰のマエストロ、小野寺昌幸とのシーンも心がヒリヒリする凄いものでしたね。
マサルほど露骨ではないですけど、僕も音楽活動をしているときに同じような経験があって、あの撮影のときはそのときの記憶が蘇りました。
――自分の我を通そうとしたり、自分はこういう風にやりたいって言っちゃたりしたことがあるんですね。
そうですね。過去にはやっぱりそういうこともあったので、そこは自分とリンクしやすかったし、あのシーンはなぜか現場がピリピリしていましたね。
撮影を続けていくうちにだんだんピリピリしてきたし、ピアノを弾くときも「嫌味ったらしくならない程度にやっていいよ」ってことになって、イライラしながら力いっぱい鍵盤を叩いていたからやっぱり音が出たんですよ。
でも、フルートの方は女優さんでもないですし、プロのフルート奏者なので、後から申しわけなかったなという気持ちになりました。芝居とはいえ、プロの方に音楽のことで意見するなんて、とんでもないことですからね。
――あのときの彼女たちの表情もリアルでしたね。
いや、本当にリアルな表情だったので、本当に「ごめんなさい」って気持ちにすごくなりました。
――実際、失礼な話ですものね(笑)。
失礼な話ですよ、本当。支えてくださっているプロの奏者の方にコンテスタントがそんなことをするなんて、思い上がりも甚だしいです。
――でも、マサルはその直後に小野寺に叩き潰されてしまいます。
そうですね、一気に鹿賀さんにね。でも、指揮者の鹿賀さんが本当にいいんですよ。あの背中を見ていると、安心もするんですけど、緊張もするんですよね。あの空気はなかなか味わえないものでした。
「音楽の力ってスゴいなって改めて思いました」
――そういった意味では、亜夜との連弾のシーンも印象的でした。あそこは、壁にぶち当たって、ピアノを弾く喜びを取り戻せないマサルを亜夜が救ってくれるシーンでもありますが、あの撮影はいかがでしたか?
あそこが実は初日だったんですよ。あっ、撮影自体はインタビューカットから入ったんですけど、ほかの人と芝居をするのはあの亜夜とのシーンが初日だったから、ウワッ、ここから入るんだ? と思って(笑)。
でも、ウワッと思ったけれど、現場に入っただけですんなり乗っかれる環境を亜夜を演じた松岡茉優ちゃんがちゃんと作ってくれていたんですよね。
それは後から思ったことなんですけど、現場で音楽を流しながら撮ってはいるものの、ピアノを弾く彼女の表情からもらえるものが多くて。
そこに自分を委ねながらやっていたのかなっていう印象が強いし、初日ですごく緊張もしていたのに、それすらも忘れさせてくれたから、音楽の力ってスゴいなって改めて思いました。
――音楽活動もしている森崎さんが、そのことを再認識したわけですね。
僕、クラシックの世界の人間でもないし、ポップスばっかり聴いてきたんですけど、そんな僕がクラシックでも踊れるんじゃないかなって思ったぐらい身体が揺れる瞬間が何回もあって。
亜夜とのシーンもふたりで弾いたからこそつかめたんだなって、リアルにそう思いましたね。