プレッシャーを跳ね除けて、マサルになれた瞬間

――でも、そのプレッシャーを跳ね除けて、マサルになれた瞬間があったわけですよね。

それは本当にピアノの演奏シーンです。

あの一連が終わったときに、石川監督が「感動した」って言われたんですよ。

もちろん音は出てないし、手元だけを担当するダブルキャストもいたんですけど、監督は僕の手がすべて映っている引きのカットを使ってくださいましたし、その「感動した」という言葉は本当に嬉しかったんですよね。

それこそ、原作のマサルのような長身にはなれないし、「ジュリアード王子」と呼ばれるイケメンでもない僕にできることはピアノしかないなと思っていたので、最初からこの作品でいちばん重要なピアノに懸けたんです。

それが現場で監督に伝わったから、その瞬間、“あっ、俺、マサルとして生きることができたのかな”って思うことができたんです。

――最後の演奏シーンは確かに本当にエレガントで楽しそうで、ああ、マサルだな~と思いました。

いや、本当に気持ちがよかったんですよ(笑)。

――撮影中は、どれぐらいピアノと向き合っていたんですか?

僕は音楽活動と併行しながら撮影していたんですけど、空いている時間はピアノの先生に連絡して指導してもらいましたし、現場にも電子ピアノが常に置いてあったので、そこで自主練したり、鍵盤に触れて指になじませるようにしていて。

それがどれぐらいの時間だったのか明確には言えないですけれど、そんな感じで、けっこうピアノとは向き合っていました。

森崎さんが会って天才だと思った人

――先ほどの話に戻りますが、森崎さんが会って天才だと思った人は?

スティーブン・スピルバーグじゃないですかね(笑)。それこそ、スピルバーグは天才を超えていますけど。

――普通の人と何が違うんですか?

言葉にできないんですよ。

完成した映画を観たときに“こんな風に撮っていたんだ!”“だから、あのとき「顎をちょっと下げて」って言ったんだ”っていう発見がいろいろあって。

現場では本当にちゃちな簡易的なCGをハメたものしか見られないから監督もイメージしづらかったと思うんですよね。

それなのに、CGとの合成も計算したあれだけのものがすべて見えていたわけですから、天才としか言いようがない。

それに、人のモチベーションを上げるのも天才的に上手くて。

僕が現場で緊張していたときも、それを一発で見抜いたスピルバーグは近寄ってきて「全然心配しなくていい。何回でもやろうよ」とか、笑顔で「あっ、ちょっとそれを本番でもやってみてよ」って言ってくれましたからね。

――スピルバーグからもらった、ご自身の糧になっているような言葉はありますか?

クランクアップしたときに監督に挨拶に行ったら、「ウィンと一緒にできて、誇りに思っているよ。君は本当にいい俳優だから、続けて」って言われたんです。

「頑張って英語を勉強して続けなさい」って。

――宝物ですね。

「センスがすごくあるよ」とか、そういう言葉ではなく、ただ「続けて」って言われたことがすごく嬉しかったんです。

そのときに、あっ、俺、続けるべき人間なんだって思いましたから。

――そんな森崎さんに最後にお聞きします。劇中の階段のシーンで、マサルは亜夜に「クラシックの古い体質を変えたい。打ち破るのが僕の夢なんです」って言いますよね。

そのシーンが、僕はすごく好きなんです。

森崎ウィンが打ち破りたいものとは

――そうなんですね。というところで、お聞きします。森崎さんにも既存の常識やルールで打ち破りたいものや変えたいものはありますか

僕は『蜜蜂と遠雷』の台本を読んだときに、マサルのそのセリフにすごく力をもらったんですよね。

誰もが天才と認めるマサルが、あれだけ思い悩んで、自分なりの道を作ることに挑戦していこうとしている姿を見て、彼もやっぱり人間なんだなと思ったし、すごく共感して。

僕はクラシックの世界の人間じゃないから、マサルとは目指している夢は違うけれど、そうですね、森崎ウィンとしては、森崎ウィンにしかできない表現、森崎ウィンにしかできないそれこそ役だったり音楽だったりを、これからどんどん提示していきたい。

僕は役者1本でやってないから、役者だけでやっている人たちに劣る部分があるし、音楽1本でやってないから音楽だけで勝負している世界中のアーティストに劣る部分もある。

だけど、役者と音楽の両方をやっている僕だからこそ、できる表現があると思っていて。そのことを、どんどん提示していきたいんです。

実際、「役者、向いてないよね」とか「いや、音楽の方もどうなの? ボーカリストとして」って言われたりして、悔しい想いもたくさんしてきましたから。

そういうことを言った人たちにも認めてもらえるようになりたいと思えたのも、マサルに背中を押してもらったからかもしれないです。

――それでは、これからも役者の仕事と音楽活動の両方をやっていくんですね。

はい、両方やっていきます。

本人はマサルを演じることにプレッシャーを感じていたようだが、感情表現が豊かで国際的な感覚と音楽的センスも兼ね備えた森崎ウィンにはどこかマサルと通じるところがあるような気がする。

しかも、明るくフレンドリーな物腰やトークの中に、静かな闘志が感じられて、ますます楽しみに。

あのスティーブン・スピルバーグ監督から「続けて」と言われた彼が、今後、世界のフィールドでどんな活躍を見せるのか? ずっと見続けていたい。

映画ライター。独自の輝きを放つ新進の女優と新しい才能を発見することに至福の喜びを感じている。キネマ旬報、日本映画magazine、T.東京ウォーカーなどで執筆。休みの日は温泉(特に秘湯)や銭湯、安くて美味しいレストラン、酒場を求めて旅に出ることが多い。店主やシェフと話すのも最近は楽しみ。