『劇場』7 月 17 日(金)全国公開/配信 配給:吉本興業 ©2020「劇場」製作委員会

山﨑賢人の芝居は技巧じゃないから凄い。マグマの奥の方を見ている感じ

――行定さんが最初に言われたように、この作品はものすごく小さな男女の話ですけど、それを主演の山﨑賢人さんとヒロインを演じた松岡茉優さんが大きなものへと昇華させていますね

明らかにそうですね。

--山﨑さんのキャスティングは監督ですか?

山﨑の名前を出したのは古賀さんですけど、最初は僕も古賀さんも誰も浮かばなかったんです。

山﨑が演じた永田に、例えばインディーズ映画で活躍している演技派の俳優をキャスティングしたら、予算はこんなにかけられなかった。それは、古賀さんから最初にはっきり言われました。それに、映画自体も違うものになっていたかもしれない。

演技派の俳優がキャスティングされていたらこんなにむき出しな愚かさを表現できていただろうかと思います。

永田のピュアさや実直さ、何も分かっていない無防備さを演じるのは難しい。

山﨑の芝居は技巧じゃないから凄い。マグマの奥の方を見ている感じ。マグマの中に思わず手を突っ込んじゃったみたいなところがあるんです。

――どこか空虚と言うか、何を考えているのか分からない、現実から少し超越した印象を受けることもありますね。

いや、俺も初めて会ったときに、ピュアなんだけど、ピュア過ぎない?ってちょっと思いましたね。

最初の顔合わせの前に写真を見て「やっぱり綺麗な顔だね~」って言いながら、山﨑の顔に髭を描いてみて、あっ、髭を生やしたらいいねってなって。

本人に会うとやっぱりよく分からない。集中すると、何をしでかすか分からなくなる俳優っているじゃないですか。

目をすごく見開いてくる山﨑には、「ここはガラスの壁だから当たっちゃダメだよ」って言ったのに、ガラスにバーンって突っ込んでいきそうなその危険な匂いをちょっと感じるんです。

でも、顔合わせが終わったときには、その危険な感じは永田という役に活かせるような気がして。

古賀さんとも「いいですね~」って確認し合ったし、なぜこれまで誰も彼に永田みたいな役をやらせなかったんだろうと思ったぐらい、これは行ける!って思うようになりました。

『劇場』7 月 17 日(金)全国公開/配信 配給:吉本興業 ©2020「劇場」製作委員会

山﨑賢人が新境地を開拓

――山﨑さんが現代劇でこういう底辺の役を演じることは、確かにこれまでなかったですね。

ないですね。彼はすごくいいですよ。素直だし、考え方がすごく真面目。

自分のこの業界での立ち位置とか見え方とか気にしてなくて、与えられたひとつひとつの役とちゃんと向き合っている。

昔、『ピンクとグレー』のときに菅田将暉に「同年代の俳優で誰がいちばん気になる?」って聞いたら、「山﨑賢人ですね。友だちなんですけど、アイツは、1本1本の映画との向き合い方がスゴいんです」って言ったことがあるんですけど、その通りだなと思って。

ずっと、そうしてきたんだろうし、今回の永田も真正面からちゃんと向き合って演じてくれました。

――山﨑さんは「劇場」が描く“どうしようもなさ”みたいなこともちゃんと理解されていたんでしょうか?

山﨑も脚本を読んだときに、僕と一緒で自分の知っている感情がどこかにあったみたいで。

それで自分から「やってみたい。なぜか分からないけれど、これは絶対にやりたい!」と思ったらしいけれど、そう言うだけあって、なかなか色気がある。

だから、僕たちは忙しい彼の身体が空くのを待って、そこにヒロインの沙希を演じた松岡のスケジュールも合わせてもらったんです。

彼(山﨑)は目が澄んでるから、濁らせるところから始めた

――山﨑さんにはどんな演出を?

僕はこれまでの山﨑の作品をすべて観たわけではないけれど、『劇場』ではあまり見たことのない顔をすると思うし、いろいろなアプローチをしています。それこそ、彼は目が澄んでるから、濁らせるところから始めて、最初に「髭を生やせよ」って言いました。

そしたら、彼はそこでもやっぱり真面目でね。撮影に入る半年ぐらい前の10日間ぐらい身体が空いたときに、髭を生やして、俺に見せにきたんですよ。

それで「どうですかね~」「いや、まだポヤポヤだね」っていうやりとりがあって、「どうしたら濃くなりますかね」って聞くので「T字のカミソリで剃ると濃くなるもんだよ」って答えたら、それからずっとT字のカミソリで剃ったり、毛生え薬をつけていたみたいで。そこからスタートして、もともと痩せているけれど、少しこけた頬にして、髪もクシャクシャにしてもらいました。

『劇場』7 月 17 日(金)全国公開/配信 配給:吉本興業 ©2020「劇場」製作委員会

松岡茉優は「天才」だと思う

――松岡さんの印象は?

僕は昔、NHKの時代劇に出ていた松岡茉優を見たことをあるんですけど、そのときから、この子は巧みだな~と思っていました。

芝居を削ぎ落すこともできるし、ある種のあざとさもちゃんと持ち合わせている。その両方ができるのは巧みだからだし、それはやっぱり優れた女優のひとつの資質だと思います。

――彼女が今回演じた沙希は、特に芝居の幅が広い役ですものね。

振り幅がすごいですよね。でも、その役と向き合った彼女は自分の度量を分かっているし、撮り終わった後に「まだまだだな~」って言っていたけれど、自分の限界も見えているかもしれない。だから、僕は今回の沙希役にすごくいいと思ったんです。

本当に役に合っていたし、完成した映画の中では山﨑がちゃんと立っていた。

現場で見ていると、松岡の芝居の方が明らかに強い。彼女の方が最初からガツンと来るから確かに強いんですよ。

でも、松岡は耐久力があるから、山﨑の芝居を待つことができる。そこが、このふたりでよかった理由です。

――ふたりはまったく違うタイプの俳優ですね。

そうなんです。松岡は最初のテイクからとんでもないことをやらかしたりするし、山﨑はテイクを重ねれば重ねるほどよくなっていく。

感性はふたりとも素晴らしいけれど、真逆のタイプなので、どこをOKラインにしたらいいのか最初のうちは悩みましたよね(笑)。

ただ、ふたりとも覚悟ができていて、お互いの感性をぶつけ合っていたから、又吉さんの私小説風の原作ではあるけれど、それとも違う風合も出て。

僕自身、彼らにしかない感性でこれを映画にしようという方針を固めてやっていたような気がします。

――行定さんは、松岡さんのことを以前「天才」って言われてましたね。

うん、天才だと思う。去年の『蜜蜂と遠雷』で主演女優賞を総ナメにすると思いきや、全然獲れなかったという状況があったけれど、あのときに票を入れなかった批評家さんや世の中の一般の人も『劇場』を観れば、彼女の力量が少しは分かるんじゃないかな。

――僕は、去年の主演女優賞は圧倒的な松岡さんでした。

でしょ。いや、僕もそう思いますよ。芝居の本質ではなくキャラクター強い役を演じている女優に票が集まる。だから、ああいう結果になるんです。

それに対して、松岡は芝居はすごく巧みだけど、強さを前面に出さないし、雰囲気も含めて普遍的な存在。ちゃんと見ている人は松岡の憂いの表情にハッとしたり、並々ならぬ努力に気づいているはず。

『劇場』には雷が鳴っているときに部屋で沙希がパッと顔を上げるシーンがありますが、あの松岡の顔を見て欲しい。

あの場面は彼女の演技に息を飲みました。泣き腫らした、腫れぼったい顔を晒し、その表情に鳥肌が立ちました。女優がひとつの映画の中で見せることはあまりないですよ。

あれはたぶん、控室で何度か泣いてきたんでしょうね。

――そうなんですね。

間違いないです。部屋のセットがあるステージに入ってきた瞬間、すぐにそこにあった毛布をかぶりましたからね。見せたくなかったんですよ。

見せたら、山﨑の芝居が予定調和になってしまいますからね。

それを僕も察知したので、段取りを1回だけやって、ブレイクを挟んでから、いきなり本番に入った。それはやっぱり山﨑の芝居にも反映されましたよね。