これは『王家の紋章』のときから思っていたことですが、もしお客さんが「この日しか行けない」という日のキャストが宮澤佐江だったとしても、「佐江ちゃんか…」って、観るのをためらわれないように、板の上ではいなきゃいけないんだって。

--「ミュージカルの舞台に立ちたい」と、ひたすらレッスンを重ねてきた方たちが発するパワーはやはりすごいのでしょうね。

私がアンサンブルという言葉を好きじゃないのは、(岸谷)五朗さんが「地球ゴージャスにアンサンブルはいない」と言われていたのが理由なんです。五朗さんは「舞台に立つメンバーは1人ひとりがすべてキャスト」という考えを持っている方なんです。(第46回)

フォトギャラリー【第46回】「ミラチャイ」連載フォトギャラリー(全11枚)

私はその影響を受けて育ってきたので、アンサンブルという言葉を使いたくないんですが、ミュージカルはその方たちがいないと成り立たない。

その方たちは、私よりもお芝居ができて歌も歌えてダンスも踊れるのに、その方たちの真ん中にいなきゃいけないのが自分だったりすると、胸が苦しくなるんです。

“自分よりできていないのに、何でこの子真ん中にいるんだろう”っていう悔しい思いを、彼ら彼女らはしているだろうなって思うと…。

--「真ん中に立つ人は、真ん中に立つ人が背負わなければいけない重圧がある」と、佐江ちゃんのマネージャーさんが話してくれたことがあります。「逆に、アンサンブルと言われる方々は、その重圧はないけれどまた違う苦しみがある。だから、苦しみのベクトルが違うんです」と。

そうなのかな。一緒じゃないのか。。

--それぞれの醍醐味もあれば苦しみもあって、その質は全く違うものなのかもしれないですね。

2019年撮影

そうか…、そう思ったらそうかもしれない。彼ら彼女らと、こういう話をすることはなかったので、確かにそれはあるかもしれないな。。

--相手が、そういう苦しみを持っているんじゃないかと思いながら、接するのはいいことだと思います。一緒に作り上げる仲間だと思うので、それは絶対に必要だと思います。

そうですよね。「切磋琢磨」ですもんね。うん、うん…、そうだなぁ。。(第107回)

--それぞれが、それぞれの課題を突き詰めたり、乗り越えたりしていくことに意味があって、結果的にそれらが集まって、ひとつのものを作り上げていくのが醍醐味なのかなと思います。

うん、うん。確かに、そうできたら楽しいだろうなぁ。

-- 一般社会で仕事をしている人も、上司は上司なりの苦しみがあるし、部下は部下なりの苦しみがある。それが社長なら、社長の苦しみは社員にはわからないけれど、社長には社長の醍醐味もあったりする。

ミュージカル界に限らず、どこにでもそういうことはあるんですね。誰にでもあることなんだと感じて生きていくか、何も知らず何も感じずに生きていくかで、人への接し方や、自分の在り方、居(い)方はすごく変わってきますよね。

そう思うと、私は今まさに、それを学んでいる最中なんですね。

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