作家兼主夫・樋口毅宏にとって「表現すること」と「離乳食を作ること」

樋口:僕の、小説については・・・僕の人格と切り離して読んでいただければと。小説は、僕の中の“デーモン”の部分を働かせて書いているんで!

――たしかにグロテスクな表現も少なからずあって・・・ご家族について語る樋口さんとは、イメージがかけ離れている感はありますが(笑)

樋口:僕は以前から、「小説は何を書いてもいいんだ、面白かったら何をやってもいいんだ」って思っているクチなんですけど。

それは小説に限らず、映画でも、音楽でも。

だからすごい古い例を挙げちゃうと、BOØWYが「人の不幸が大好きさ~」なんて歌ってましたけど。

――氷室狂介さんの『MORAL』ですね(笑)

樋口:全然OKだと思うんですよ。「こういうことを歌っちゃいけない」とか制約をしちゃいけない。萎縮したり、ありもしない社会の良心に忖度しても意味がない。「表現の自由」を、束縛しちゃいけないんですよ。

ただし一個人としての自分というのは作品とは別でしょう?

ものすごいお涙頂戴の、心のあったまる作品を書いている人が、人として本当にいい人かっていったら、それは全然違いますから。枚挙に暇がないですよ。古今東西、人間失格な人だらけ(笑)

一個人としては大っぴらに「差別」を公言、助長する人とは絶対に付き合わない。惨たらしい犯罪があった時、「こういうことをやるのは日本人ではない」とかいう人。僕には死んでもあんな暴言吐けませんよ。

経済がうまくいっていないとか関係あると思うんですけど、「貧すれば鈍する」ですよね。社会が不寛容になって、自分と異なるものを許さない雰囲気になってしまった。

しかもネットがあるので、悪意が可視化できるようになっている。悪意の主張が拡がって、世間が染まっていく。

「差別を言うのも言論の自由だ!」

って全然違う。あなたたちがやっていることは「言論の無法」。

話を育児に戻せば、まるで“母親”や“女性”は「良妻賢母であらねばならない」「寝ないで家事をすべき」とか・・・そんな必要、まったくないですよ。そんなプレッシャー、要らないから。

――「ママはこうあらねばならない」ばかりの“ねばねば”プレッシャーを「間違い」だと言ってもらえることで救われる人、たくさんいると思います。

でもそれを自分のパートナーから「なにお前、こんな出来合いのもの買ってきて」とか、言われちゃうケースもあるんですよね・・・

樋口:僕も妻から言われたことがありますよ(笑)

「タケちゃん、一体いつまでW堂の瓶詰をあげてるワケ?

家族の団らんもしたいから、子どもが保育園から帰ってきても、最初はなんかちょこっとしたもんで済まして、あとでちゃんと3人で食べれるようにしようよ」って。

そんなことできるわけねーだろ! 赤ん坊もお腹減らして帰ってきて「食べたい~」って騒いでいるんだから!

妻には言うんです、「お前、それ男根主義だからな」って。もうほんとに、家長ぶった奴が奥さんに対して「お前ちゃんとしろよ」って言ってるのと、お前のいまの視点は同根だからなって・・・

――三輪さん、この件についてのコメントは・・・

樋口:黙っている時もあれば・・・言い返す時もありますけどね(笑)。後者のほうが圧倒的に多い。

――(笑)『おっぱいがほしい!』には「妻の愚痴、夫の不満、されど赤子はすくすく育つ」とか“されど~”という言葉がいくつか出てきますが、まさに「されど子育ての日々」ですね。

樋口:僕は主体性がない人間なんでね、影響を受けたところから持ってくることがあるんですけど、これは柴田翔さんの芥川賞作品『されどわれらが日々』から持ってきました。

でもほんとにね、“されど”子育ての日々は続いてゆくのだと思いますねぇ。

――さて【前編】【後編】の2回にわたり男の育児日記『おっぱいがほしい!』ほか、率直過ぎるくらいのお話をお伺いしてきましたが、最後に樋口さんから、ハピママ*読者へメッセージをお願いできますか。

樋口:ママやパパが「しなくてもいい苦労」や、社会や周りが「させなくていい苦労」って絶対にあります。

離乳食も、やりたい人はやればいいけど、一から全部作らなきゃいけない、湯剥きして、裏ごしして、とか、そんな苦労を強制される必要はないです。

――そんなメッセージを残して樋口さん、チャイルドシート付の電動自転車にまたがり、オムツを買うべくマツキヨ目指し、颯爽と走り去ったのでした。

男の育児日記『おっぱいがほしい!』には、インタビューではとてもとても載せられないような悪口雑言ならぬ?“主婦”の苦しみも、また喜びもギュギュギュっと詰まっています。

町山智浩さんの、三輪さんがやたらセクシーなイラストとセットで、笑ったり泣いたりできること請け合い!本記事とともに、ぜひお楽しみください!

取材後追記

昨年11月末、樋口さんの小説最新作『アクシデント・レポート』が発売されました。ご本人曰く「枕になりそうな」645ページ、厚さ約4cmの大作です!家事・育児をこなしながらこの分量を執筆したのか、と考えると・・・圧巻の一言。

とはいえ数ページ~の短編が連なり重なって、知らず知らず事件の真相に迫ってゆくスタイルは「骨太の小説が大好きで昔はよく読んだけど、いまは細切れの時間しか取れない」なんていう子育て世代にとっては“読みやすい”ともいえるかも。

とりわけ育児をするなかで、否応なしに社会問題に直面させられているママなら2倍!“いいとも”世代なら3倍!“オザケン”ファンなら4倍!デビュー作『さらば雑司ヶ谷』以来の“樋口毅宏ワールド”フリークなら5倍!『アクシデント・レポート』が放つ警世のメッセージに身も心も震えそう。

ちなみに筆者は読後、小沢健二さんの最新シングル『流動体について』がヘビロテになりました。ほの甘いカルピスを飲みながら♪

『おっぱいがほしい!』と併せて『アクシデント・レポート』もオススメです!

15の春から中国とのお付き合いが始まり、四半世紀を経た不惑+。かの国について文章を書いたり絵を描いたり、翻訳をしたり。ウレぴあ総研では宮澤佐江ちゃんの連載「ミラチャイ」開始時に取材構成を担当。産育休の後、インバウンド、とりわけメディカルツーリズムに携わる一方で育児ネタも発信。小学生+双子(保育園児)の母。