こんなふうにわからないままの作品があってもいいな

撮影/稲澤朝博

――そうやって動きをそぎ落としていたからかもなのですが、映画を観ていて、ちょっと手を伸ばして触ってみたくなるような感覚がありました。触ってはいけない美術館の展示品に触れてみたくなるような感覚というか。

僕も監督に「絵画的ですね」と現場で言ったんですけど、ちょっと絵みたいな感じに撮られていますよね。例えば、誰かと話しをしているときとか、普通だったらそれぞれの話しているヨリのカットを撮って、そこからその人たちの感情が読み取れたりしますけど、この映画ではそこをヒキの画一つで見せていたり。

それでも感情の機微や表情が出る瞬間はありますけど、ヒキで見せることに監督は意味を持たれていたんだと思います。

あとは僕がもともと持っている肉体的なものを強調するようなこともしていて。タトゥーをしているから首元がゆるめの服というのもあるんですけど、風が吹いて服が体に張り付くと体の線がわかりやすいものとか、歩いてるときに体の動きが見えやすいものとか、ちょっとした生々しさが出るような衣装を選んだんだろうな、というのもありました。

――衣装の色が未山の感情の動きとリンクしているようにも見えました。

監督は感情と衣装の色合いというのはすごく考えていたんだろうと思います。莉子といるときは暗めのトーンであったり、詩織さんの家にいるときは淡い色味だったり。

メインビジュアルにも使われている白の衣装は、一番印象的だと思うんですけど、真っ白ではなくて、生成りというか、オフホワイトみたいな色味で。そこにも意図を感じました。僕自身、未山には透明のようなイメージはあるけど、きれいな透明ではない、そこに何色か色が垂らさられているような感じがしているので。

撮影/稲澤朝博

――坂口さんは最近で言うと映画『ヘルドッグス』(2022年公開)、ドラマ『ヒル』(2022年放送)などアクション作品のイメージもありますが、逆に今回のような対極なものと、それぞれどんな難しさがありますか。

アクションは単純に体力的に大変です(笑)。一昨年かな? 撮る作品がアクションばかりという時期があって大変でした。

それに対して今回は文学的な難しさを感じました。感覚的な表現方法が「どこまで伝わるんだろう?」と。監督と「ここまでは動けるかもしれない」とか、「こういう表現をしてみたい」とか、すり合わせながら作っていました。

けど、僕自身、全部が伝わらなくてもいいとも思っていて。主人公がこういう考えを持っていて、こういう人たちと会って、こういう事象が起きて、最終的にこういうふうに着地しますってわかると、すごく理解しやすいとは思うし、それはキャラクターを考える上ではとても大事なことなんです。

ただ今回は未山が登場人物の中で一番何を思っているかわからなくて、一番気になる存在でもあったので、こんなふうにわからないままの作品があってもいいなと思ってやっていました。

――確かに未山が何を考えているかわからない場面はあっても、そこを観る側が想像できるのも面白いと感じました。

監督と一度、表情というものについて話をしたことがあったんです。監督は笑ったり、怒ったり、泣いたりすることって、自分ではない他者がいるからこそ、成立するものだと言っていて。

自分じゃない人がいるから感情が出るし、自分じゃない人に見てもらう、伝えるために表情が生まれると。それを聞いて僕も「なるほど」と思いました。

未山と草鹿(浅香航大)がバラエティ番組で再会して、その後に二人きりで話をする場面があるんですけど、その時、監督から「実際の未山ではなくて、草鹿の頭の中の未山でいてほしい」と言われたんです。

本来なら草鹿の言葉に対して、頷くとか、驚くとか、そういうリアクションがあると思うんですけど、それを全部そぎ落としてほとんど反応をしてないようにしました。

撮影/稲澤朝博

――そこに相手がいないということですね。

もちろん画面上に二人はいるんですけど、カメラのレンズが草鹿の頭の中の立ち位置で、草鹿が感じる二人はこんなふうに見えているんだろうなと思いました。

ただそれは監督から話を聞いて、僕自身は何となく理解できたわけですけど、それを観ている人にどのくらい伝えればいいのかは難しかったです。

ある程度伝えることも大事ですけど、それを観る方それぞれの解釈で想像してもらうことも大事だし。そもそもこういうものには正解不正解はないですから。

けどホントに、今回は表現や撮り方などに特殊なことが多かったので、そういう意味での難しさがすごくありました。頭を使いました。アクションの疲れとはまた違いましたね。

――考えることは多そうですね。

撮影中も「ということは、これはどういうことだろう?」となることがありました(苦笑)。でも、僕の中では最初に台本を読んだときに思った「未山って面白い奴だな」という感情もあったし、こういう作品もあってもいいな、あるべきだなとは思います。

僕個人のことですけど、映画でも小説でもシンプルに「すごく面白い!」と思ったものって、何年か経つと内容を忘れてしまっていることがあるんです。爽快過ぎると抜けていくのも早い気がして。

一方で、自分の中で「これってどういうことだろう?」とか、完結できていない物語ほど、何かあったときに思い出すんです。カッコ良く言えば残り続けるじゃないですけど。

物語から何か投げかけるものがあって、それを自分で咀嚼してみて初めてその欠片が見つかるものの方が残る気がする。だからこそ、今回の作品は本当にやる意味があるものだとは思いました。