日本初の個展は、初期から最新作まで全72点がずらり!
現代具象絵画の旗手として世界中から注目を集めるピーター・ドイグ。新型コロナウイルスの影響により中断していた、ドイグの日本初となる個展がいよいよ再開。
期間を延長し、10月11日(日)まで東京国立近代美術館にて開催される。
ロマンティックでミステリアス。誰もがどこかで見たことがあるようで、誰も見たことがない。なつかしくて、あたらしい——。
そんな独特の感触をもたらす具象絵画で世界中の人々を魅了するアーティスト、ピーター・ドイグ。
1959年にスコットランドで生まれたドイグは、トリニダード・ドバゴとカナダで育ち、ロンドンで絵画を学んだ後、1994年にイギリスで活躍する現代アーティストに贈られる「ターナー賞」にノミネートされる。
以来、世界の名だたる美術館で個展が開催され、美術市場でも高く評価されている、現代アートのフロントランナーだ。
日本初となる今回の個展は、「森の中へ 1986〜2002年」「海辺で 2002年〜」「スタジオのなかで—コミュニティとしてのスタジオフィルムクラブ 2003年〜」の全3章で構成。
ドイグの初期作から最新作まで72点の展示を通して、彼のこれまでの画業を通覧することができる。
「第1章:森の中へ 1986〜2002年」では、ロンドン滞在中に取り組んでいた一連の作品を紹介。
1980年代後半から1990年代前半、イギリスではダミアン・ハーストに代表される「YBAs(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)」が台頭し、センセーショナルな大型インスタレーションが注目される中、ドイグはあえて対極的な絵画作品で新たな表現を模索した。
個展開幕に合わせて来日したドイグは、当時を振り返りこう語る。
「当時、絵画表現は面白くない、すでに死んだものと思われていたんです。でもそれが逆に、私のような好奇心に溢れる画家にとっては、非常に解放された領域に思えました」。
そんな時代に描かれた《のまれる》は、ドイグが初めて手がけた風景画であり、彼にとって新たな出発点となった重要な作品だという。
「チェルシー・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインの絵画部門に在籍中に描いた作品です。
その頃は絵画部門の仲間たちと、伝統に鑑みながら新しい素材の使い方などを模索したり、学校内外でさまざまな刺激を受けたりしたことで、画家として成長することができたんじゃないかと思います」
映画『13日の金曜日』などから着想を得たという小舟は、彼の作品に頻出するモチーフで、何か物語が展開するかのようにも読み取れる。
また、湖面を境に画面上下で描かれる実像と鏡像の境はあいまいで、どこか夢の中にいるような感覚にかられる。
同作は、2015年のクリスティーズ・オークションで、約2,600万米ドル(当時約30億円)で落札されたことでも知られる作品だ。
《のまれる》の4年後に描かれた《スキージャケット》は、日本のスキー場の広告写真を元に制作されたものだ。
「これを描いた当時は、どうしたら素材と自然、写真の歪みや色の分離、再現性を組み合わせることができるかを模索していました。
そんな時に父が送ってくれた日本のスキー場の新聞記事に、多くの人たちが初心者という感じでスキーをしている写真を見て、その状況が絵を描くことと非常によく似ていると感じたんです」
スキー場全体が淡いピンクの色彩で描かれたこの作品は、2枚のパネルにより左右が合わせ鏡のように作用している。
同展の企画を担当した東京国立近代美術館の主任研究員・桝田倫広氏によると、ドイグは作品を制作する際に、感覚を増幅するために、色彩を極端なものにしたり、絵画的技法を駆使したりするという。
「わたしはよく経験が持つ感覚、あるいは雰囲気やそこにいるという感じを作り出すために彩度の高い色彩を使いますが、それは化学的な手法ではありません。
絵画というのは、誰もが経験したことのある現実を常に振り返って参照するのだと思います」(「ピーター・ドイグ——20の質問」同展図録より)