過酷な現実を、“足に馴染んだ靴”で歩いていく―「世紀末」
焦らず、シブトクつよく、生きていく。SMAPならではの普遍的なライフスタイルの提案が結晶化したのが「世紀末」(2000年。シングル「Let It Be」のカップリング)である。
世紀末というと、つい1999年を想起してしまうが、20世紀最後の年は2000年。真の世紀末、2000年にSMAPがリリースしたのは、「夜空ノムコウ」よりもさらにシリアスな時代認識を踏まえた曲だった。
SMAPは時代心理に寄り添う集合体だが、この曲ではとりわけ特定の主人公の内面を描写せず、時代そのものに語りかけるスケールを獲得している。つまり、この歌の主体は、ひょっとすると、神だ。小さな神さま。あるいは、未来の住人かもしれない。この視点が、痛みをやわらげる効果をもたらしている。
憂鬱な気持ちでも朝はくる。
冒頭の一見、ポジティブにも感じられるフレーズが、むしろ過酷な現実を照射する。
やってきた世界は、ルーズに眺めていても、急かす。なにかを強要する。黙っていれば、なんとか進んでいくものを、と神さまは愚痴のようなことを口にする。そして、こう続けられる。
ハードでぎくしゃくした世界は、僕らを試しているだけだ。がんばったって、たまるのはストレスだけ。
だから、焦らず強く生きていこうぜ、と神さまは呼びかけるのだが、これはただの応援ソングではない。サビではこう歌われる。
僕らの時代の行方はきっと、テレビが騒ぐほど悪くない。
そうした希望的観測を述べながら、こんな実感も吐露する。
僕らの時代の行方はきっと、厳しい毎日が待ち構えてる。
だが、嘆き悲しむのではなく、こう締めくくるのだ。
とりあえず足に馴染んだ靴で、前に歩いていく。それしかない、と。
SMAPが優しく、ひたむきに伝えていること
足に馴染んだ靴とは何か。
それがSMAPならではのライフスタイルのことではないだろうか。
わたしたちは、焦らず、シブトクつよく生きるしかないのだ。
不安から目をそらさない。不安をなかったことにしない。がんばればなんとかなるなんて、まやかしを言わない。願えば叶うなんて、軽率なことは言わない。
厳しい毎日が待っている。だが、それも騒ぐほど悪くはないはずだ。
ひたむきに、そう伝えている。
背伸びせず。欲張らず。無理をしない。自分なりの歩幅で、自分なりのシューズで、自分なりのスピードで、歩いていく。
簡単なことが、いちばん難しい。でも、きっと、できるはず。どんな時代になろうとも。
SMAPは、この真実を優しく表現している。