日本初公開『ウィッカーマン final cut』以外のラインナップを何本か紹介していこう。
まず、『死刑台のエレベーター』、『地下鉄のザジ』ほかで知られるフランスの巨匠ルイ・マルの『ブラック・ムーン』(1975)は、若き頃のルイ・マルが撮りたかったと思えるシュルレアルなとは思えない不思議の一篇。
なにしろ、野に咲く花は踏まれて、痛い痛いと泣くし、ブサイクなロバの一角獣?は、英国の画家フランシス・ベーコンの言葉を引き合いに、自分が一角獣イメージにあわないことの意味を論じる。
こうした世界にヒロインが不思議の国のアリスよろしく迷い込む。
奇妙な仕掛けとして、ルイ・マルは、<ローマの慈愛>(娘が自分の乳で牢獄の父に栄養を与える)と呼ばれる美談を変奏させ、物語に溶かし込んでいることだ。
この映画を置き土産に、ルイ・マルは活動の場をアメリカに移すが、こんな置き土産はいらないとばかりにフランスでは上映されなかったいわくつきの傑作。
この作品の注目点は撮影監督が60年代ベルイマンとのコンビで知られたスヴェン・ニグヴィストだということにある。あの『処女の泉』の冷徹が、冒頭のアルマジロの運命に表象される。
60年代のヒッピー・ムーヴメントは、1969年のチャールズ・マンソン一派のシャロン・テート殺しを契機に、潮目がかわり一斉に撤退がはじまった。
ヒッピー・コミューンの自然回帰指向を文明から遠く離れたパプア・ニューギニアの奥地を舞台にして、つきつめてみせた問題作がフランスの映画監督バーベット・シュローダーによって1972年に作られていた。
それが、『ラ・ヴァレ』だ。シュローダーにとって、麻薬映画『モア』に続いての、60年代風俗の落とし前のような作品だ。
地図には<Obscure by Cloud>としか記されていない、雲、霧に閉ざされて、おいそれとは人が近づけない場所への踏査行が美しいキャメラでとらえられる。
『モア』と『ラ・ヴァレ』、ともにサントラ担当はまだ『Darkside of the Moon(狂気)』によって、超のつくスーパーグループに成り上がる前の、軽い実験期のピンク・フロイドだった。
サントラ盤タイトルは上記の地図上の名称からきていて『雲の影』の邦題でリリースされた。
1970年代初めに同時に奇妙な現象が起きる。
まず、日本で手塚治虫が少年漫画誌で正しい性教育のための『やけっぱちのマリア』の連載開始、とはいえ、当時ページをひらいて登場するのは、かわいいダッチワイフ、ビニール人形としかみえず、ドキッとさせられたものだった。
そして、1973年、ロキシー・ミュージックのセカンド・アルバム『フォー・ユア・プレジャー』がリリース、このアルバムがいまでも輝くのは、歌というより不気味な語りの異色作「イン・エヴリー・ドリーム・ホーム、ア・ハートエイク」が収録されているからだ。
その内容といえば、注文しで届いたビニール製ラブ・ドールとの生活である。
手塚治虫、ロキシー・ミュージックときて、その隙間の1972年に奇怪なラブ・ドールものが作られていた。
変態、残酷、オカルトで、ジェンダー問題をゼロ地点まで引き上げた(下げた)残酷な哲学的作品、ポール・バーテルの『プライベート・パーツ』である。
ここでのビニール人形は、息ではなく、ジャポジャポと水(あるいはお湯!)で膨らませる人体の体温を求めるむきにはさすがのアイデア。この作品は無理をいって入れてもらった。
そのほか、クロソフスキー夫婦主演、上記シュローダー監督も出演のプライベイト・フィルム『ロベルトは今夜』、ユーゴスラヴィア映画『ハルムスの幻想』ほか、スケジュールをチェックしていただきたい。
「奇想天外映画祭 vol.2 Bizarre Film Festival~Freak and Geek アンダーグラウンドコレクション2020」
会場:新宿K’s cinema
日時:8月29日(土)~9月18日(金)
配給:アダンソニア
トークショー
8月29日(土)『ウィッカーマン Final Cut』14:30の回、上映後
登壇者:滝本誠(映画評論家)、柳下毅一郎(映画評論家)