忘れられてしまうことを作品として残す
――ここまででまったくつかめていませんが……ストーリーを追ってはいけない?
野田 ストーリーは……。
高橋 追えるんじゃないでしょうか。
野田 まあ追えるでしょうね。アリスの世界ですから。ただ、アリスの世界が、アリスの話のように進まないので……っていうようなことかな。
――高橋さんがおっしゃったように、寓話のような世界だけれど、見ていくうちに私たちが生きる現実世界とリンクするとか。
高橋 ……そうだと、思います。そういうふうに視点を少しだけシフトしながら観る方もいらっしゃるのではないかとは思います。
松 そういったアリスのようなおとぎ話の世界もあり、現実世界ももちろん出て来るんですけど、私個人にとっては現実なんだけど、知らない世界だったり…。現実にあるということを、信じろ!って言わないと分からないくらいの現実が、まだあるな、という感覚。それを突きつけられると、うわ〜それを現実と思わなきゃいけない!?って持っていかれちゃうので…。
どこまでファンタジーで、どこまで現実で…というのが、私は読んだだけではまだ分からないことがいっぱいで、すごく頭の整理がつかない感じでワークショップを終えたので(笑)、台本はいったんスタッフの方にお返ししました。
もう持っているのが怖くて、「一回ちょっと出直します!」みたいな気持ちで、とりあえず返そうと。ちょっとまだ受け止め切れない…、そんなふうに感じて、楽しいワークショップを終えました(笑)。
野田 フフフ、この話がどこに行き着くかはもうふたりとも知っているけど、そこはいま言えないから言葉が濁っちゃうんだよね。
松 そう! ワークショップの終わりに全体に向けて「台本のお取り扱いに気を付けてください」みたいなことを言われて、持っているのが怖いからもういいや〜と思って(笑)。
野田 落としちゃったりしたら?
松 落とさないけど(笑)。早く完成形をいただくために一回、お返ししたんです。
野田 中途半端じゃダメだよ、ってことですね。プレッシャー(笑)。
松 いや、やっぱり今回、今まで以上に緊張感はあるのかなと。だから、本当に気をつけなきゃ!と思った時に自然とそうなりました。その言葉は、持っておくにはちょっと私には大きくて。
――おふたりの役柄や、ほかにどんな人物が登場するのか、伺ってもいいですか?
松 私はアリスじゃないです。
野田 松さんはアリスに近しい関係の役ですね。で、高橋さんは○○○ということになっています。
高橋 はい、…ということになっています。
野田 ほかにふたりの劇作家とか、いろいろと出て来ますけど。でもね、観る日に知ってほしいかな。
――今回の作品を構想したきっかけとは?
野田 まず、「これを書いてもいいものだろうか」っていうのがひとつあって。それで本や資料をいろいろ読んで、どうかな〜と。非常に口籠もってしまうんだけど。
――「これ」というのは、例えば『フェイクスピア』におけるボイスレコーダーのようなものでしょうか。
野田 そことはまたちょっと違うな。今度のものは、そういうものではないんです。年齢もあると思うのですが、自分が書いておくことで少しでも残るのであれば、後々それを読む人にとっていいんじゃないかなと思ったんですね。少なくとも、あらゆるものが忘れられてしまうよりは。
だからここ半年くらいは毎日そのことを考えていて、「俺はこの世できっと、当事者の人くらい考えているな」と言えるだけの自信はありますね。しかも、朝起きた時からず〜っとそのことばかり考えているので。それを意識しているか、していないかはちょっと大きいような気がする…といったものかな。私の中でね。皆が知っていることではあるんだけど。
高橋 そうですね。
――幕が開いたら、ああ、あのことか!と皆が分かることでしょうか。
野田 それはこれからの書きようではあるけれども、分かるようには書いています。
――今のお話の「忘れられぬよう、書き残さなければ」といった使命感のようなものは、なぜ出て来たのでしょうか。
野田 やっぱり歳を取ったからかな。作品って残るんだよな、ってことをあらためて考えて。例えとしていいのか分からないけれど、(十八代目、中村)勘三郎さんのお葬式の時に坂東三津五郎さんが弔辞で「役者は辛い、本人がいなくなったら全部なくなってしまうから」ということをおっしゃっていて、そうか、でも俺は少しだけ違う立場にいるなと思ったんですね。
役者は肉体がなくなったら終わってしまうけれど、自分はそれとは違うところで芝居と向き合っているのだろうなと。そんな気はしていますね。