レベルの高いお芝居がずっと続いていた
本作の最大の見どころは冒頭にも記した斯波と秀美のガチンコ対決だが、空気も凍りつくような緊張感の中、その迫真のバトルの一部始終をいちばん近くで見ているのは椎名としてそこにいた鈴鹿だ。
そこで、現場で何が行われていたのか? 張りつめた空気がどのように生まれたのか? ストレートに聞くと、鈴鹿は「スタッフさんももちろん緊張感のある空気を作ってくださるし、誰かと対峙する取り調べのシーンは松山さん、長澤さんだけではなく、万引きが常習のホームレスのおばあちゃんを演じられた綾戸智恵さんを始めとした役者のひとりひとりがスゴくて」と述懐した上で、さらに興奮気味に続けた。
「分かりやすい言葉で言うと、レベルの高いお芝居がずっと続いていたんです。
だから、気を緩めるタイミングが一度もなくて。中でも、松山さんと長澤さんが対峙してお芝居をしたときはエネルギーのぶつかり合いが本当にスゴ過ぎて、そこにいるみんなが圧倒されたし、おふたりのお芝居に包まれるような感覚にもなりました」
そこまでスゴかったら、ふたりの芝居に鈴鹿自身が呑み込まれることはなかったのか? そんな素朴な質問が思わず口をついて出てしまったが、「いやいや、ありましたよ」と鈴鹿は照れ臭そうに笑う。
「忘れちゃいましたもん、パソコンのキーを打つの(笑)。事前に資料をいただいて、どこまで文字を打てばいいのかも把握していたんですけど、おふたりの話にのめり込んでしまって、それぞれの発言を頭の中で整理しているうちに忘れちゃったんです」
ふたりの芝居のスゴさを、鈴鹿は同じ俳優の視点でさらに分かりやすく説明する。
「長澤さんの場合は、松山さんと対峙するシーンを積み重ねていくごとに纏っているものが変わってくるんです。
追い詰めているはずなのに、斯波にどんどん引き寄せられていく。僕からは顔はほぼ見えないんですよ。でも、引き寄せられていっている感じが伝わってきました。
お芝居は表情だけではなく、心や身体も伴うものですけど、長澤さんはまさに全身でお芝居をされていたし、その場の空気感や自分が纏っているものまでも変えてしまうあのお芝居は本当にスゴいと思いましたね」
鈴鹿の目撃談は止まらない。「松山さんが(家庭菜園のトマトで作った)トマトジュースを現場に持ってきてくださったことがあるんですよ。
『これ、みんな飲んでね~』みたいな感じで配られて」と撮影の合間の大先輩の素顔を紹介しつつ、「でも、取調室(のセット)に行ったら、あんな(周りの人を寄せつけない)感じだから、うわっ、スゴい!ってなりますよね(笑)」と純粋な驚きを口にする。
「表層的な芝居で取り繕うのではなく、普段の自分とは違うエネルギーや空気を自然に出せるおふたりはやはりプロだな~と思いました」
松山と長澤の生々しい芝居から、鈴鹿が受け取ったもの
では、間近で見ていたそんな松山と長澤の生々しい芝居から鈴鹿は何を受け取ったのだろうか?
インタビューの冒頭で「実際に映画になったものを観ないと自分がどう思うのか、自分が思う介護や正義はどういうものになるのか分からないなと思った」と語っていた彼だが、完成した映画を観て、そこからどんな答えを導き出したのだろう?
「僕が演じた椎名が検察側の人間だったこともあって、撮影に入る前は斯波がやったことは酷いことという風に台本を読んでいました」。鈴鹿はそう正直に告白する。
「でも、父親の介護をしながら生きてきた彼は社会が救わなかった人でもあって。自分からそうなったわけではなく、社会のシステムなどで劇中の言葉にもある“穴に落ちてしまった人”だから、感情移入しちゃうところもあったし、斯波を救う方法は何かなかったのかな?って考えたりもしたけれど、難しいですね。
すぐに答えが出せるものでもないし、僕も最初に観てから何ヶ月も経っていますけど、まだまだず~っと考えていて。そんなにすぐに答えを見つけなくてもいいのかなと思っています」
本作が、自分と同世代の人たちの考えるきっかけになったら嬉しい
「ただ、本作が、自分と同世代の人たちの考えるきっかけになったら嬉しいですね」と本音を漏らす。
「重たいか、軽いかで言ったら、確かに重たい作品だとは思います。でも、ネガティブな感情を引きずる作品だとは思っていないし、僕自身、この映画を観て視界が少し明るくなったんですよね。
自分がいつ親の介護をするのか分からない。そのときに老人ホームに入ってもらうのか、自分の手で介護するのかはいまの段階では判断できないけれど、家族はやっぱり大切だし、自分を育ててくれた親には感謝してもしきれないから、できることはしたいなと思って。その感覚ははっきりしました。
大切な人に優しくしよう、家族に連絡してみようと思っただけでも、ポジティブなものをもらった証だし、本作にはそんな前向きな考えにさせる不思議な力があると思うので、あまり重たい作品とは思わずに、同世代の人たちにもぜひ観てもらいたいなと思います」
『ロストケア』に登場する検事の秀美は、斯波と出会ったことで封印していた自分の狂おしい過去と向き合い、考え方も少しずつ変わっていく。