“残酷だけど美しい”という表現にこだわって作りました
――劇場版で監督が特にこだわったシーンはどこですか。
平良が襲われた清居を助けに行くシーンです。平良は朦朧としている中で幻想を見ていて、現実の清居は大泣きをしていて、幻想とリアルを織り交ぜているんですけど2人がお互いをどう思っているかの感情が出ているんです。
特に清居が平良をどう思っていたのかがわかりやすく出ていて、“残酷だけど美しい”という表現にこだわって作りました。原作では平良が死ぬかもしれないと思った時に、清居がぐしゃっと泣いた顔を「美しくなかった。なのに、死ぬほど美しかった」と書いてあるのですけど、劇場版はあのシーンに向けて、スタッフ一同が向かって行っていた感じはありました。
――あの場面の平良は“きもうざ”ではなく、純粋にカッコ良かったです。これまでの平良というキャラクターにはなかった要素が出てきていると感じました。
人って根本的には変わらないものですけど、その中でも変わっていくことって大事だと思っていて。平良の場合は、清居への想いは変わらないし、何なら強くなっていることが、成長したことによってブラッシュアップされて、あの“きもうざ”が、愛が強いが故カッコ良く見えるということになったのだと思います。
高校時代も平良は清居を守るために城田と戦いましたけど、今回、その姿がより一層カッコ良く見えたというのは、たぶん、愛が強くなって、成長したからだと思っています。
――その変化を見せるために演出で気を使ったところもあるのでしょうか。
物語の中の時間が進めば、平良と清居も2人での時を重ねて、感じていることが少しずつ変化していくので、その時々の感情線を大事にしました。そこに気を使えば、必然的にお芝居の方向性とか、美術で何が必要かとか、カメラアングルが見えてくるので。
だから「こうしよう」と先に何かを決めるのではなくて、平良と清居の感情線を辿っていったら「こうなります」という感じでした。これはあの場面に限らず、物語全体に置いて言えることです。
助けに行くシーンのことで言えば、もう平良は必死ですよね。清居を傷付けたものを殺す覚悟を持って行ってますから。本当に殺してしまいそうな勢いですけど、平良にしてみたら「清居に手を出したなら、こんなのは当たり前だろう」という想いですからね。
――あのシーンで印象に残っていることはありますか。
清居が危険な状況だと知り、平良の目に光を無くす瞬間、あの鋭い眼差しがずっと見たかったのですが、萩原さんもとても理解されていて、すぐに騎士でありモンスターになっていました。
白黒の演出は編集時に思いつき、ロスさんの「Bitter」(ドラマ『美しい彼(シーズン2)』のオープニングテーマ)をあのシーンで流すというのも編集時のひらめきでした。「Bitter」にいきつく前に、実は時間がかかりまして……。
アクションシーンだったので曲に合わせた編集をするために、まだ音楽のフジモトヨシタカさんとの劇判打ち合わせの前だったこともあり、仮の音源をあてたかったのですがずっと編集の岩間(徳裕)さんと悩んでいました。
迷走に迷走を重ね、「アヒル隊長大行進」というアヒル隊長の歌を当ててみた時もありました(苦笑)。「あのモンスター化した平良一成に似合う、愛しているからこその狂気を感じる曲がこの世に存在するわけな……あった! 灯台下暗し、ロスさんの『Bitter』がある!!」と思いついて、あそこではあの曲が流れています。まさに平良という清居だけのヒーロー誕生のシーンになりました。
――現場でのお二人の様子はどうでしたか。
萩原さんはアクションシーンがあったため、アクション監督とともに何回もリハーサルを重ねて準備しました。リハーサル半分、撮影半分の時間の使い方でした。“清居を傷つけた設楽(落合モトキ)”に対し、盲目になりナイフさえも怖くないという萩原さんの姿が印象的でした。
ハプニングで言うと、清居を怒鳴るシーンでは、本番で清居を吹き飛ばしてしまっていました。清居を早く逃がさせるためには確かにそうなるなと思い、それ以降は安全に、清居を吹き飛ばすシーンを撮影しました。
八木さんは、大切な顔をぐちゃぐちゃにするシーンがあったので、その時の現場はとても張り詰めていました。休憩も挟みながら何回もテイクを重ね、八木さんもご自身の限界に挑戦している状態だったと思います。そのシーンは精神的にも身体的にも負担が大きいため、全体リハーサルを終えた後に一番はじめに撮影しました。
このシーンの撮影の時はお二人とも集中ゾーンに入っていたため、いつもの和気藹々と仲の良い休憩ではなく、お互いがお互いを思って、一人の時間を過ごされていた印象です。
――ちなみに、平良が来ている衣装が、シーズン2で清居に選んでもらったカッコ良く見えるコーディネートなんですよね。
捕らわれた姫を助けに来る騎士として、相応しい格好で撮りたかったというのはありました。あとは、少し掘り下げると、あのときの平良と清居は家を出ていて、平良は野口さん(和田聰宏)のアトリエに住み込みをしているんですね。
そこに平良は清居が選んだ服を持って行っていて、仕事なのにもしかしたら清居に会えるかもしれないというタイミングでもあったからあの服を着ていて、あの服には平良が恋をしているという感情が出ています。
――改めて、監督にとってこの『美しい彼』という作品はどんなものになりましたか。
「出会えて良かった」というものです。それはこの作品に関わるすべてに対してそう思っています。私は原作を知らなかったので、この作品を通じて凪良先生に出会えて、私自身の考え方も変わったし、人を愛するということを教えていただいた気がしています。
それから、スタッフさんもシーズン1で初めましての方も多かったですし、萩原さん、八木さんを含むキャストの皆さんとの出会い、そしてここまで愛してくださった視聴者、お客様との出会い、本当に出会いに感謝しています。
もう私としては、「萩原さんと八木さんが演じる平良と清居を見るのは最後かもしれない」という、そのぐらいの想いで必死に取り組んだものですので、是非、多くの方に見届けていただきたいです。
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ドラマのシーズン1から、シーズン2・劇場版での変化の一つとして、八木さんの多忙ぶりもあげてくださっていた酒井監督。心配もしていたそうですが、現場では大変そうな姿を見せることが一切なく、その姿に感心していたことも明かしてくださいました。
すでに大ヒット公開中ということで鑑賞済みの方も多いとは思いますが、監督のお話を知ったあとに観るとまた違った視点から楽しめると思います。