「てんや」の技術を活かした、トンカツづくりの裏側

「天丼てんや」を運営する「テン コーポレーション」が、新業態として昨年末に開業した。

肉はカナダ産。チルドで届くため、その間肉が熟成されるのか、ほどよい柔らかさ。筋を切った肉に塩コショウしたものに打ち粉をし、溶き卵とパン粉をつける。ここまでは職人が手作業で行なう。職人は、「天丼てんや」で腕を磨いてきたプロ集団。

パン粉をつけた肉を「天丼てんや」でも使われているフライヤーで揚げる。ただし、天ぷらよりも低温で、ゆっくりと。ここがミソらしい。しかも揚がったトンカツをしばらく休ませることで、余熱で火を通す。

揚げたての香ばしいトンカツを職人が包丁で切る。サク、サク、サク。「いもや」でいつも聞いていた、懐かしい音を聞くことができた。

職人の技と、コンピュータ制御のフライヤーの導入で、旨いトンカツを日々揚げている。すなわち、天ぷらで培ってきた揚げ物の技術を、トンカツに転用したというわけである。

米は会津産コシヒカリ。会津産コシヒカリは、これまでに何度も特A米(たとえるならば、米のミシュランの3つ星)に認定されている実力派。知名度こそ低いものの、会津産コシヒカリは奥深い甘みがあり、旨いのだ。

惜しむらくは、ラードを使っていないところか。軽い仕上がりを目指し、なたね油と大豆油のブレンドを使っている。トンカツやコロッケはラードで揚げるのが一番旨いし、香りもいいと信じてきた。

もうひと残念なことがある。新業態なので、まだ浅草店しかないのだ。「天丼てんや」に負けないぐらい店を増やしてほしい。だって週一で浅草に通えないではないか。うまい肉党の代表として店舗を増やすことを閣議で決定したい。

“いもやロス”でお嘆きの同志諸君、ここのトンカツは旨い。千円でおつりがくるのも嬉しいではないか。

安心して食べられるので女性の一人客も多い。場所柄、外国人や修学旅行生も多い。初回も2回目に来たときも、制服姿の中学生が、美味しそうにトンカツを頬張っていた姿が微笑ましかった。

もっと安いトンカツ屋もあるが、安ければ安いで肉がしょぼい。食った気がしないのだ。この店はコスパがいいだけでなく、「いもや」でトンカツを食べたときのような幸福感と充実感を味わせてくれる。

生きててよかった。ついそんなことも思ってしまうトンカツと出会うことができた。ご縁をいただいた浅草寺に感謝いたします。

【とんかつ おりべ浅草店】
住所/東京都台東区浅草1-9-1 国立ビル1・2F
電03-5830-0251
営業/11時~23時(LO22時30分)
定休/年中無休(元日のみ休業)

東京五輪開催前の3歳の時、亀戸天神の側にあった田久保精肉店のコロッケと出会い、食に目覚める。以来コロッケの買い食いに明け暮れる人生を謳歌。主な著書に『平翠軒のうまいもの帳』、『自家菜園のあるレストラン』、『一流シェフの味を10分で作る! 男の料理』などの他、『笠原将弘のおやつまみ』の企画・構成を担当。