新たに魅力をみせた『ROMANCE』コーナー
「良い曲たくさん用意してきましたので、リラックスして、心熱くして楽しんでください」と告げたあと、ステージにテーブルとチェアが用意されると“『ROMANCE』コーナー”に入っていく。ジャジーなバンドアンサンブルでスタイリッシュにアップデートされた「二人でお酒を」(梓みちよのカヴァー)は、宮本の少ししゃがれた歌声が、乾いた大人の別れをシアトリカルに描く。70年代、良き時代の歌謡曲のニュアンスはしっかりと引き継ぎながら、楽曲の魅力を再発見させるカヴァーであり、また宮本の歌唱の新たな魅力に出会う楽曲でもあった。続く「化粧」(中島みゆきのカヴァー)では、もうその歌の世界から抜け出すことはできなかった。この歌の持つ叙情。打ちひしがれる女の情念。これをライブで、ここまで濃密に感じさせることができることに圧倒された。「歌」が、「声」が、それだけでひとつの物語だった。その「歌」に感じたのは共感だとか、同情だとか、そんなよくある感情ではなくて、ひたすら「悲しい」という思いの発現だった。《流れるな涙 心で止まれ》と繰り返す歌に、どうしようもなく涙が溢れた。心が震えた。
「ジョニィへの伝言」(ペドロ&カプリシャスのカヴァー)で感じた「さみしい」という感情も、「あなた」(小坂明子のカヴァー)がもたらした「切ない」という感情もそうだった。自分を重ね合わせたり、何かを思い出したりするような、いわゆるポップミュージックに感じる共感とはまた別物の、感情の根源を揺さぶるような体験がそこにあった。これこそが宮本浩次の歌の力なのだと、大げさでもなんでもなく驚愕する。
2018年に生まれた、椎名林檎との共演曲「獣ゆく細道」は、この日は宮本ひとりで歌い上げるバージョンで披露されたが、ダークにスウィングするバンドアンサンブルが、とびきりリッチなラテンのムードを醸していた。そこからシームレスに「ロマンス」(岩崎宏美のカヴァー)へと進むと、この歌の持つエモーションが、よりロックなサウンドアレンジで心を揺さぶる。歪んだギターの音にのせて切実な女心を激しく歌う宮本。こうして数々のカヴァー曲をライブで聴くにつけ、やはり『ROMANCE』というアルバムは、「歌」というものの本質に向き合うものだったのだと思う。それは聴き手にとってはもちろん、制作した宮本自身にとっても。歌が引き連れてくる感情とは何なのか、歌が心を動かすとはどういうことなのか。この日のコンサートで、ひとつ新たな境地を見たような気がする。
だからこそ、カヴァー曲だけでなく宮本自身のソロ曲にもまた、この日は抑えようのない衝動を感じる場面が少なくなかった。「Do you remember?」のエネルギーの放出、魂の叫びは凄まじかった。自分の持てる歌への思いをすべてさらけ出すような歌。そして宮本のソロデビュー曲である「冬の花」は、この日、このセットリストの中で、その意義、本質を浮き彫りにしていた。宮本がソロとして表現したかった音楽が、いま理想的な形でライブ披露され、見事に心を射抜いた。この日の宮本は、コンサートの合間に何度も何度もバンドメンバーの名前を紹介していた。このバンド編成でのコンサート、その実現に高揚していることがよくわかる。 第一部のラストは「P.S.I love you」だった。《I love you》という一番シンプルで普遍的な言葉を歌にした楽曲は、歌とメロディという、日本の音楽の魅力の大元へと立ち返るような名曲である。腕を大きく広げて歌い終えた宮本は、充足感に満ちたとてもいい顔をしていた。そして一部の終了を告げ、「そう遠くない時間にまた会おう」とステージを後にした。