「公共の場での授乳」を控えてほしいと願う人たちのなかには、不妊治療中の方もいます。「目の前でされるとさすがに辛い」という声にはどのような想いや背景があるのでしょうか。
不妊治療専門クリニックで生殖心理カウンセラーを務める菅谷典恵さんに聞きました。
「公共の場での授乳」ショックをカウンセリングで打ち明ける女性たち
――「公共の場での授乳」に対して、不妊治療中の方から「目の前でされるのは辛すぎる」という切実な声があがる一方で、そのほかの方々から「もっと寛大になって」という反論も聞かれます。不妊治療中の方たちは、この問題をどのようにとらえているのでしょうか。
菅谷典恵さん(以下、菅谷):「治療中の人の気持ちを考えてほしい」「見ていて辛くなるから授乳反対!」というように、はっきり意見を表明している方はごく一部だと思います。
しかし私の立場としては、表だって言葉にするにしてもしないにしても、これらの心理は十分に了解可能ではあります。そこをご説明してみたいと思います。
まず具体的なお話に入る前に、私が仕事としている「生殖心理カウンセラー」とは何か、というご紹介が必要かもしれませんね。
これは一般にカウンセラーと呼ばれる「臨床心理士」向けに設けられているライセンスで、特に「生殖医療」にまつわるカウンセリングの専門資格です。
全国で60人ほどいますが、現場で働いているのは30人ほどでしょうか。不妊治療をご経験でないと、あまり会う機会がない職種だと思います。
生殖医療のカウンセリングは、主に看護職が担当していることの方が多いと思いますが、不妊・生殖に関わる心理的困難を抱える方への支援には高い専門性が要求されることもあり、心理職が担当することをJISART(日本生殖補助医療標準化機構)は求めています。
そういった経緯もあって、高度な生殖医療を提供する施設には心理職が配置されており、自分も不妊治療専門のクリニックで、患者さんのお話を聞いているわけです。
私の役割は言うなれば、クリニック内の「よろず相談所」のような感じでしょうか。
主な話題は、治療の知識補足・不妊治療によるストレスへの対処・あらゆる対人関係の悩み・夫婦間の温度差対策・離婚の相談・セックスレス・妊娠後の不安・出生前診断についての相談・認知行動療法・2人目の方は育児相談などなど、です。
前置きが長くなりましたが、そんな「よろず相談」のよくある話題の一つに「周りの人がうらやましくて仕方がない」というものがあります。
――「周りの人」というのは、例えば「公共の場での授乳」をしているママ、ということでしょうか。
菅谷:はい、そのようなケースも含まれます。ただ、授乳だけではなく……
「うらやましくて耐えられない」だけじゃない、複雑な心の動き
菅谷:ほかにも、マタニティマーク・SNSの妊娠出産報告・芸能人の妊娠のニュース・ふっくらとした妊婦さんのお腹・ベビーカーを押すママ・時短勤務の女性・子どもの具合が悪くなって帰るママ社員……うらやましく妬ましい対象はいろいろあります。
心理学的に考えると、自分が欲しいものを他人が持っていると認識することで「うらやましい・憎たらしい・悔しい」と感じることはなんら不思議ではありません。むしろ当然です。自分がそうなれない状況なのですから。
しかしながら、この悩みには「子どもを持つ人を妬んでしまう“ブラック”な自分に自己嫌悪になる」という苦悩が、セットになっていることが多いのです。
「こんなことを考える自分はなんてひどい人なんだろう。こんなことを考えているから神様が赤ちゃんを授けてくれないのかも」などと、自分を責めてしまうのですね。