この辛さは、もう……どうしようもないんですね。社会という場で暮らしてゆくのであれば逃れようがないこと、というものもありますから。

けれどもその気持ちは“黒い”ものでは決してなく、「感じること=悪いこと」ではないということを、相談にいらした方にはお伝えするようにしています。

いまこうやって「公共の場での授乳」という問題がクローズアップされていますが、これは一見「どうしようもない」ことについていろいろな立場の方が考えを明らかにし、お互いに、丁寧に心の声をくみ取って、社会として解決の道を探れるチャンスなのかもしれませんね。

――心の声をお互いにくみ取って「解決の道」を探れるチャンス、ですか。

ママにも不妊治療中の人にも、治療を諦めざるを得なかった人にもあたたかな社会を

菅谷:「公共の場での授乳」に向き合う際に、まずは授乳せざるを得ないママと赤ちゃんの状況を、みんなで共有することが一番だと思います。

不妊治療中の方をはじめ、周りの人たちもママの大変さを理解することができたら、感じ方や対応に変化が生まれるかもしれません。

それに不妊治療中の方々については、近い将来に授乳する側に行くかもしれないのです。「こんな風に大変なんだな」と知ることは、これからの育児の予習にもなるのではないでしょうか。

むしろ辛いかもしれない、と推察するのは治療をやめた方々です。不妊治療は必ず妊娠できる、というものではないので、医療機関に通っても願いが叶わない方々の方が多いかもしれないと言われています。

子どもを諦めようと考えた方々は、繊細に気を遣われることも多いと思います。「私は子育てという社会貢献をしていないわけだし、このお子さんたちは成長したら年金を納めてくれるのだろうし」というようなことも考えながら……とても切ないことです。

生きていくうえで、自分の快適さは自分でつかもうとしないと、なかなか得られるものではありません。自分を守れるのは、自分しかいません。もっと言えば、自分は自分で守ってあげないとかわいそうですね。

それでも自分の心は傷つくまま傷つけられるまま「私の立場だとお子さん連れに寛容でなくてはいけない」と考えて、苦しくなっている人がどんなに多いことか。

もちろん苦労なく他人の子どもを可愛いと思える方もたくさんいます。うらやましいと思ったことはない、よその子もみんな可愛い、とおっしゃる方も多くいます。

でも不妊治療中の方や治療をやめた方のなかには、そうとは思えない方も少なからずいて、大きな葛藤を抱えていることもあるのです。

「公共の場での授乳」論争が、そういった方たちも温かい目で見守ってもらえるような「授乳問題の社会化」になるといいな、と思います。

そして私自身も日々のカウンセリングを通じて、そんな社会に一歩でも近づけるお手伝いをしてゆきたいと思っています。

■菅谷 典恵(すがや のりえ)氏 プロフィール

臨床心理士。全国に約60名しかいない「生殖心理カウンセラー」のひとり。また2016年に認定制度が始まったばかりの「がん・生殖医療専門心理士」有資格者19名のうちのひとりでもある。不妊治療専門クリニック「京野アートクリニック高輪」「京野アートクリニック仙台」常勤心理カウンセラー。(情報は記事公開時)

記事企画協力:光畑 由佳

15の春から中国とのお付き合いが始まり、四半世紀を経た不惑+。かの国について文章を書いたり絵を描いたり、翻訳をしたり。ウレぴあ総研では宮澤佐江ちゃんの連載「ミラチャイ」開始時に取材構成を担当。産育休の後、インバウンド、とりわけメディカルツーリズムに携わる一方で育児ネタも発信。小学生+双子(保育園児)の母。