公共の場で母乳をあげると「人前ではミルクにしたら?」「完母にこだわり過ぎじゃない?」と責められることも。

外出時だけでもミルクにすべき?母乳育児に関する国際認定資格者IBCLCとしてママの支援にもたずさわっている新生児科医・奥起久子先生に聞きました!

母乳orミルク?「公共の場での授乳」で、ママはどちらを選んだらいいの?

――公共の場で「母乳」をあげる行為は「ミルク」という選択肢もあることで、より責められる傾向にあります。

たしかに哺乳びんでの授乳であれば、周りにいる方たち、とりわけ男性がさほど気を遣わずに済むというのは否めません。

でもできるだけ母乳で育てたいと願う身からすると、その意志というか、思いを否定されるようで辛く感じることも……。

赤ちゃんのために、ママにできることって何でしょうか。教えてください。

奥起久子先生(以下、奥):今日は新生児科医として、またIBCLC(国際認定ラクテーション・コンサルタント)として、お答えしていきますね。

まず外出先であっても、外出先でなくても、母乳を飲むことは「赤ちゃんの権利」として尊重されなくてはならないとされています。

国連が定め、日本も批准している「子どもの権利条約」でもそのように謳われていますし、UNICEF(ユニセフ=国連児童基金)と一緒に「金色のリボン運動」を提唱しているWABA(世界母乳育児行動連盟)でも、2000年の目標(WABA2000)の中で「母乳育児は母と子の権利である」と言っています。

――「金色のリボン運動」とはなんでしょうか。

奥:WABAとUNICEFが進めている、乳幼児栄養の「ゴールド・スタンダード」を広めるための運動です。

「ゴールド・スタンダード」というのは「最初は母乳だけ、その後もほかの食べ物を補いながら母乳を与え続けて育てる」ことを母乳育児の理想的なあり方とすることで、「金色のリボン」は、母乳育児の保護・推進・支援の象徴として掲げられています。

――つまり、母乳育児は赤ちゃんとママの「権利」であって、それはたとえ「公共の場」であっても守られなければならない、ということでしょうか。

奥:その通りです。

とはいえ「権利」を叫ぶだけでは、問題は解決しませんね。

ママが赤ちゃんに母乳をあげることの意味を、医学的側面からご説明できる例をご紹介しましょう。

例えば米国小児科学会は、母乳育児を「権利」にとどまらず「国家戦略」とまで述べているのですよ。

――エエッ!おっぱいが「国家戦略」?どういうことでしょうか?

母乳育児が赤ちゃん&ママ、そして社会にもたらずメリットとは?

奥:米国小児科学会は「母乳と母乳育児に関する方針宣言(2012年改訂版)」(※)の中で、

「母乳育児を選択する・しないということは個人の好みでの選択ではなく、公衆衛生の見地からも考慮されるべきで、出産施設で母乳育児支援を推進することは『国家戦略』である」

という米国公衆衛生局長官の要請、また米国疾病予防センター(CDC)や米国病院機能評価機構の方針に賛同して、その方針を紹介し、同時に宣言しているのです。

※米国小児科学会「母乳と母乳育児に関する方針宣言(2012年改訂版)」詳細については、下記リンクをご参照ください。全文PDF(英語原文)/NPO法人日本ラクテーション・コンサルタント協会による概要(エグゼクティブサマリー)翻訳PDF(日本語)

その理由としてさまざまな利点が挙げられていますが、なかでも将来的に肥満や糖尿病をはじめとするいろいろな疾患を減らして国民が健康になる、というメリットが強調されています。これがひいては、膨大な医療費の節減につながる、と。

フーム、好みではなく「国家戦略」って、そんな大袈裟な話?……と、ビックリしてしまいますね。でもそれだけ母乳育児が持つメリットというのは大きいということで、社会が考えなしに手放してしまっていいものではないのです。

また、頻回授乳についてお答えした際にもご紹介しましたが(ハピママ記事:「赤ちゃんが欲しがるから」って人前で授乳するほど緊急?子どもの生命の仕組みから考える【特集:公共の場での授乳問題(9)】)、WHO(世界保健機関)とUNICEFが掲げる「母乳育児成功のための10カ条」には「ステップ8:赤ちゃんが欲しがるときに欲しがるだけの授乳を勧めましょう。」とあります。

「赤ちゃんが欲しがるときに欲しがるだけの授乳」ができないと、母子ともに、母乳育児に支障が出る可能性があります。例えば「授乳するのを我慢していたために、ママが乳腺炎になってしまった」というようなことを時々聞きますよね。

赤ちゃんにも、ママにも、そして社会にも大きな利点のある母乳育児をスムーズに進めるために、時も場所も選ばずにおっぱいを欲しがる赤ちゃんに対して、いつでも、どこでも、授乳してあげることが最も適切な対処法なのですね。

それに「外出先ではミルクで」と言うのは簡単ですが、実際に乳房からの直接授乳に慣れた赤ちゃんの場合、哺乳びんからでは飲んでくれない、というのもよくあることです。この理由については、哺乳びんを介するのと直接授乳では飲み方が一見同じように見えても、実は使う筋肉も異なるし、飲み勝手も違うことによるものだ、と説明されています。

それより何より、粉ミルクにお湯に哺乳びんに……準備する方は大変ですよね。母乳なら何も持たずに手ぶらで出かけられて、赤ちゃんが欲しがったらすぐ「ハイ!」と授乳してあげられるのですから、ママは圧倒的に楽でしょう?

たとえ母乳だけで育てているのではなく混合で育児をしていて「お出かけの時にはミルクにしようかな」なんて悩んでいたとしても、むしろ外出時こそ、荷物も要らない母乳にした方がママは楽でいいのでは?ともいえるのではないでしょうか。