山田くんから提案を却下されたことはない
――そのアイデアを聞いた山田さんの反応は?
松江 「それはないですね」とは言わなかったですね。
山下 そのころ僕も、“赤羽”では山田くんが俳優を始めてから現在に至るまでの紆余曲折のエピソードを聞いたから、今回は何となく聞いていた中三の二学期に東京に転校してきたことや家族が崩壊したことなどのプライベートの話をもう少し掘り下げたいたなという想いがあって。
松江くんから3Dのアイデアが出たときに、時間軸を設定して、山田くんが現在から0歳まで遡っていく構成が閃いたんです。
松江 最初は、山下くんやほかのスタッフから「それだけで映画になる?」という意見もありましたね。
でも、僕は絶対に映画になるという確信があった。それは『フラッシュバックメモリーズ3D』を撮って、3Dと2Dの映画では時間の流れ方が違うことやドキュメンタリーが1テーマで押し切った方がいいこと、3Dならそれが成立することが分かっていたから。
ただし、「尺は70分台ね」って言いました。そうやって、僕は「3Dで撮る」「80分以内」「山田孝之はカメラ目線」「長尾さんの絵とVIDEOTAPEMUSICさんの音楽を使う」といった外枠を決めて、山田くんに聞く内容などは山下くんと本作の構成を担当した竹村武司さん(フリーの構成作家)に考えてもらいました。
ここで、松江の口から彼ら3人を繋ぐ糸口のようなコメントが飛び出した。
松江 でも、“赤羽”からずっと一緒にやってきたけれど、さっきも言ったように山田くんから「それはないですね」ってこちらの提案を却下されたことはなくて。
言う前に分かるんですよ。これは山田くんの好みのタッチだろうな~とか、長尾さんの絵は好きだろうな~っていうことが。
山下 そこがピタっと合うのがスゴいよね。僕の映画も観てないのに(笑)。
松江 僕の映画も観てない(笑)。“フラッシュバック”も絶対に観てないですよ。
山下 少しぐらいは下調べをしているのかな~と思っていたけれど……。
松江 まったく観てない。
山下 平気で「1本も観てません」って(笑)。
松江 逆にこだわりがすごく強そうだけど、あの人はNGがあまりない。僕らも僕らで、これを言ったらたぶん嫌がるだろうな~とか、これを言ったらスベるな~というのが分かるから、そこは不思議な関係です。
キワドイ質問から始まる『映画 山田孝之3D』
映画は椅子に座った山田孝之に山下監督が次々に質問をぶつけていく構成だが、その質問内容は役作りに関することから好きな女優、幼少期のイジメの話や家族が崩壊した話、くだらない下世話なものまでバラエティに富んでいる。
――けっこうキワドイ質問もありましたが、あれはおふたりで考えたんですか?
松江 いや、構成の竹村さんです。
山下 僕らも意見は言いましたけど……。
松江 竹村さんの方が山田くんとのつきあいが長くて。10数年前から知っているから、質問は竹村さんが考えてくれましたね。
――おっぱいの話からいきなり聞くのは完全に戦略だと思いました(笑)。
松江 そうですね。竹村さんが「おっぱいの話から絶対に始めて」って。山田くんをBSスカパー!のバラエティ番組「BAZOOKA!!!」に呼んで、おっぱいの審査員を実際にやってもらったのも竹村さんですからね。
山下 だから、今回もおっぱいの話から始めて、絶対にいい話にしないという信念のようなものがあったみたいですけど、僕も僕で綺麗にまとめないゾ!っていうテーマがありました。
実はインタビューだけ繋いでみたら、すごくよくできた内容になっちゃったんです。でも、山田孝之の頭の中を整理したらつまらないと思ったし、もっと崩したいという欲求が生まれてきて。
そのサジ加減が今回はすごく難しかったですね。
――山下さんの聞き方が横柄だったり、山田さんを挑発するような物言いに聞こえたところもありましたが、あれはワザとですか?
山下 ワザとじゃないです。山田くんとの関係性でああなっただけで、特に意識はしていない。それこそ出過ぎてもよくないので、僕の言葉をすべてカットしてもいいかなとも思ったんです。
松江 そうそう。
山下 でも、山田くんに必要以上に感情移入しているところがあったので、編集のときに僕のそういう一面も入れた方がいいという話になって。
松江 引っ越しの話とかね。
山下 転校の話とかは自分とシンクロするところもあったので、最初はもっと即物的なものにするつもりだったんですけど、ああいう仕上がりになりました。
松江 でも、僕は撮っているとき、すごく楽しかったんですよ。特別な時間でした。
――松江さんの立ち位置は?
松江 山下くんの横にいました。竹村さんも一緒です。
山下 僕が聴く係でしたけど、3人で本当に連携して……。
松江 山田くんには質問内容を書いた紙を見せずに、年代を分けて2時間ずつ3回戦やってもらって。
初恋の話や家族の話はその最後の2時間で聞いたんですけど、撮ってるときにこれはすごく面白いドキュメンタリーだなという実感があったんです。
ただ淡々と話を聞いているのではなく、聴く流れができて、どんどん山田くんの中に入っていくことができた。
しかも、4Kの3Dカメラを4台使ったこんなドキュメンタリーはなかなか作れない。
ふたりのカメラマンに、こういうときは客観で撮って、この話のときは寄りましょうという相談をしながら撮る、すごく贅沢で楽しい現場でしたね。
山田孝之の答えは「本当のことなのか? 芝居なのか?」
――後から思ったんですけど、山田さんが質問に次々に答えていく構成は江戸川乱歩の初期の短編「心理試験」(25)みたいですね。
山下 「心理試験」?
――罪を犯した主人公が担当判事が得意とする“心理テスト”に備えて予めトレーニングをするんですけど、自らが起こした犯罪に関わる質問だけ逆に必要以上に早く答えてしまって、名探偵の明智小五郎に犯人であることを見破られる展開です。カメラ目線で質問に淀みなく答える山田さんを見ていて、その設定を思い出しました。
松江 僕がそういうスタイルでやってみたかったということがひとつあります。
日本のドキュメンタリーって被写体と聴き手である監督との関係性を問うものが多いけど、僕はそれだけがドキュメンタリーだとは思わない。
今回はエロール・モリスのドキュメンタリー映画『フォッグ・オブ・ウォー』(03)をカメラマンに撮影に入る前に観てもらいましたが、いろんな体験をした人がカメラ目線で語っていく証言ドキュメンタリーを作りたいなと思ったんです。
――それにしても、山田さんはほとんど躊躇することなく何でも話しますよね。一度だけ「しつこいよ!」と言いましたが(笑)。
松江 “赤羽”のころから撮影の合間にいろいろな話を聞いていたし、そういう意味では取材に3年かけたようなものですからね。
山下 だから僕らが聞いたことのある話や、何となくニュアンスで知っていたエピソードも入っています。
松江 それに、今回の撮影に入る前にもカメラを回さずに取材をしたので、山田くんの方でも“この話をこのタイミングで聞いてきたか?”と思うときがあったんじゃないかな。
山下 事前の取材で喋ったことを映画でも意外と同じようにストレスなく喋っているので、撮影しているときは本当に嘘がないんだなと思いました。
でも、最後の最後に山田くんがあんなことを言うから、あれ、どっちなんだ?ってよく分からなくなりましたね。
――山下さんも疑問に思ったんですね。
山下 現場では思わなかったんですよ。6時間たっぷりいい話が聞けたから、山田くんが洒落であんなことを言ったんだなと思ったんですけど、繋いだときに、芝居の可能性もあるよなっていうことに気づいて。
彼が語ったことはすべて嘘なのか? でも、嘘なわけないよなって複雑な気持ちになりました。
果たして、対峙した山下監督までもそんな想いにさせた山田孝之は、今回の映画で何をやりたかったのだろうか? そこを考えてみるのも面白い。
何しろ山田孝之は「闇金ウシジマくん」(10~16)では風貌だけでなく肉体まで改造して闇金会社の社長・丑嶋馨になりきり、『凶悪』(13)では今回の劇中でも山田自身が語っているように、台本に縦に線を引き、10段階に分けた主人公の狂気のレベルをシーンごとに設定して、その通りに体現しているのだ。
その緻密な役作りについては筆者も取材で本人の口から聞いているが、一方では山田孝之と会ったことがあるのは取材の場だけで、その素顔もプライベートも姿も知らない。
そこでふと浮かんだのが、山田孝之はこの映画で、世間が知る山田孝之という俳優をどこまでボロを出さずに演じきれるのか? に挑戦したのではないか? という考えだった。
――今回の劇中でも、「如何に自分を洗脳して役になりきるか」って言ってますものね。だからすべてが芝居で、映画に出てくる実家があった場所もフェイクだったりして(笑)。
山下 あれすらも(笑)。でも、6時間撮影したときに「山田くんの居場所はどこなの?」って聞いたら、「居場所なんかない。この映画を作っているいまは、ここが僕の居場所です」って言うから、僕はグッときちゃって(笑)。
松江 そうそう(笑)。
山下 キュンとするけど、セリフなのか本心なのか、どっちなんだ?って思っちゃう(笑)。
――結局、よく分からないわけですね(笑)。
松江 そうですね。“カンヌ”でも芦田愛菜さんと話しているときに、いきなり息子の話をし出して(笑)。「息子のためにオモチャの電車の本を買ったんだ」って言ったり、子供の口調で「湘南新宿ライン~」って真似たりするから、あっ、この人お父さんだったって思い出して。本当に面白いですよ(笑)。