――ベビー休憩室の設備が充実しているのは、ママたちにとってありがたいと思うのですが、そうではないということでしょうか。

仲:私は授乳室の設計に熱心に取り組んでいますが、すでに申し上げたとおり自分自身がまるで反省部屋のような殺風景な授乳室で授乳した経験があり、それがきっかけでこういった研究や活動を始めました。

言うなれば「少しでも快適な授乳環境をつくりだしたい!」という思いでしていることで、そこに赤ちゃんと家族を“囲い込む”ために設計しているわけではないのです。

授乳室という空間も、赤ちゃんと家族が社会の中で幸せに暮らすことを支える多くの方法のひとつであって、社会から隔絶させた場所に育児の全てを押し込んでしまうためのものではないと考えています。

――だからこそ、ベビー休憩室があまりに何もかも行き届いている必要はないのではないか、とおっしゃるのですね。

仲:自身の研究活動の一環として有識者にお話を伺うなかで目から鱗が落ちたことがあります。それは「授乳室って優先席のようなものだと思う」という一言です。

電車などの公共交通機関でみかける優先席は、高齢者、障害者、妊婦、乳幼児連れなどが優先的に座ることができる席のことです。

仮に普通の席に高齢者などが座っていたとしましょう。そのときに「優先席があるのだから、ここに座らないで優先席に座れ」と言われたとしたらどうでしょう。そのような社会は、私たちが望む姿でしょうか。

授乳室についても同じことがいえるのではないかというご指摘は、大変示唆に富むと私は思います。優先席がなくても高齢者に自然に席を譲ることができるように、授乳室がなくても授乳が必要な時は授乳ができる社会、それを支えるデザインやシステムはたくさんあります。

ところで、先ほど「有識者」と言いましたが、きっとこの記事を読んでくださる方のなかには、この方のお名前を聞いたことのある方もいらっしゃると思いますよ。光畑由佳さん、授乳服を作っているモーハウスという会社の代表の方です。

授乳服も、ほかには授乳ケープといったツールも、授乳が必要な時に授乳ができる社会を支えるシステムですよね。

そして、授乳が必要な時に授乳ができる社会を支えるシステムのひとつとして「授乳室」や「ベビー休憩室」もあるのではないでしょうか。

――「授乳が必要な時に授乳できる社会」を支えるデザインやシステムは「たくさんある」。この視点は「公共の場での授乳」問題で追い込まれがちなママにとって、大きな救いになるような気がします。

仲:解決策はひとつではなく、いくつもの方法があるのです。

さらに、さまざまな視点から議論することが、子どもと家族の未来を考えることにつながりますから、いまこのような論争があることは「こども環境」にとってはとても良いことだとも言えると思います。

ママのひとりとしてその激しいやり取りに心を痛めることもありますが、そのように信じています。

私も数ある解決策、数あるデザイン、数あるシステムのひとつとして、ママや赤ちゃんがちょっとホッとできるような、そしてパパやおじいちゃんおばあちゃんや、社会に開かれた「ベビー休憩室」をご提案してゆけるように、これからも研究や開発を続けてゆくつもりです。

【取材協力】仲 綾子(なか あやこ)先生 プロフィール

東洋大学ライフデザイン学部人間環境デザイン学科准教授。一級建築士。公園・保育園・こども病院などの設計に携わりながら「こども環境」について研究、提言を行っている。
企画・制作したコンビウィズ株式会社『ベビー休憩室コンセプトブック』(2013)では【2013年度キッズデザイン賞 優秀賞(少子化対策担当大臣賞)】も受賞。ベビー休憩室のコンセプトやレイアウトプラン等、これまで明確な指針のなかった分野に詳細な解説と提案を行い、全国で活用されている。2児の母。
公式サイト:仲建築研究所

記事企画協力:光畑 由佳

15の春から中国とのお付き合いが始まり、四半世紀を経た不惑+。かの国について文章を書いたり絵を描いたり、翻訳をしたり。ウレぴあ総研では宮澤佐江ちゃんの連載「ミラチャイ」開始時に取材構成を担当。産育休の後、インバウンド、とりわけメディカルツーリズムに携わる一方で育児ネタも発信。小学生+双子(保育園児)の母。