第2章「Fearless:出会いをデザインする」

順風満帆にキャリアを積んだ石岡は、1980年に日本を離れ、ニューヨークに拠点を移す。第2章の「Fearless:出会いをデザインする」では、この時期の彼女の活動を紹介する。

石岡は、アメリカで活動を開始するにあたり、日本でのキャリアをまとめ、『石岡瑛子風姿花伝 EIKO by EIKO』として日米で書籍化した。

この本がきっかけとなり、アメリカでも次々と大きな仕事を任され始める。彼女は自分自身の人生や出会いも自らのクリエイティブを武器に切り開いていったのだ。

『M.バタフライ』(1988年)

石岡瑛子は初めてのブロードウェイの仕事であったにもかかわらず、『M.バタフライ』で舞台美術とコスチュームの2部門でトニー賞にノミネートされる。

フランシス・フォード・コッポラ『ドラキュラ』の衣装(1992年)

さらに、『地獄の黙示録』日本版ポスターを手がけた縁で、映画監督のフランシス・フォード・コッポラとの縁も深かった石岡は、コッポラの依頼で映画『ドラキュラ』の衣装をデザイン。

1993年の第65回アカデミー賞で、衣裳デザイン賞を受賞するに至るなど、アメリカでも華々しいキャリアを築いていく。

映画『ドラキュラ』の衣装のためのスケッチ(1992年)

そして最終章「Borderless:未知をデザインする」では、晩年の15年間に手がけた仕事を中心に展示される。

この頃の石岡は映画の衣装デザインだけでなく、冒頭のシルク・ド・ソレイユのようなサーカス、ビョークやグレイス・ジョーンズなどのミュージシャンの舞台美術やミュージックビデオ、コンセプトメイキング、そしてオリンピックにおけるウェアや開会式のコスチュームを手がけるなど、あらゆる分野のクリエイティブを手がけていった。

ターセム・シン監督『落下の王国』(2006年)の衣装と映像
ソルトレイク・オリンピック ウェア(2002年)

そして、展覧会の最後では彼女のクリエイティブの原点ともいえる作品で締めくくられる。それがどのようなものかは、会場で確かめてほしい。

常にクリエイティブの最先端を走り続け、その勢いを止めることのなかった石岡瑛子。彼女の尽きることのない創造性にふれることができる貴重な展覧会だ。

【開催情報】
『石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか』
11月14日(土)~2021年2月14日(日)、東京都現代美術館にて開催
※予約優先チケットの販売あり。詳細は公式HPを参照のこと