PARCO劇場オープニング・シリーズ『藪原検校』 撮影:加藤幸広

全編を通じて、猿之助の演じる杉の市は豪快で、てらいなく悪事を働く姿に気持ちよささえ感じてしまう。この稀代の悪役に、猿之助は歌舞伎で積み重ねてきたものと現代劇での経験、両方を惜しみなくつぎ込んでいるかのようだ。

杉の市を常に物語の外側から見続ける盲太夫役の川平は、観客に寄り添う。ときに笑いを誘い、ときにキュッと場をひきしめ、軽妙に観る者をこの世界に、杉の市の人生に引き込んでいく。

杉の市の運命を握ることとなる女性、お市を演じた松雪泰子は、後ろ姿で女性の悲しみを表現して作品に大きな爪痕を残した。

PARCO劇場オープニング・シリーズ『藪原検校』 撮影:加藤幸広

江戸に出て、名前を変えてからの杉の市が出会う人々の中で、とりわけ塙保己市(三宅健)が印象的だ。

最初こそ、杉の市の悪事を彩る「真面目、正義」の人に過ぎないかと思えた保己市は、やがて杉の市の唯一の理解者であり、そして彼の運命を握る存在にまでなってゆく。

前半ではさまざまな役柄をそれぞれ巧みに務めていた三宅だが、やはりこの保己市役がいちばんの見どころだろう。最後まで自分のペースを乱さず、けれど自分の思いを少しずつ垣間見せる保己市が心に残る。

いまの社会にも、自分たちの中にもある差別の心が、ふいに目の前に差し出される。杉の市と保己市との会話の中で語られる「世間」は、そのままこの芝居を見ている自分につながる。

最後に見せしめのように殺された杉の市はいったい何だったのか、彼を殺したのは果たして誰だったのか。1973年に生み出された杉の市の存在は、劇場から出て2021年の渋谷の街を歩いてもなお、心を揺さぶり続けた。

PARCO劇場オープニング・シリーズ『藪原検校』

日程:2月10日(水)~3月7日(日)
会場:PARCO劇場
料金:13000円(全席指定・税込)
作:井上ひさし
演出:杉原邦生
音楽・演奏:益田トッシュ
出演:市川猿之助、三宅 健、松雪泰子、高橋 洋、佐藤 誓、宮地雅子、松永玲子、立花香織、みのすけ 川平慈英

ライター。電話がつながらないときはだいたい劇場かライブハウスにいます。演劇を中心にエンターテイメント系記事を雑誌、webで執筆。雑誌『SODA』で「大人女子のための歌舞伎入門」、『ピクトアップ』にて「芸人、かく語りき」を連載。