勝手に彼女の元カレと自分を比べるようなことをしています(苦笑)

撮影/小嶋文子

――今回、それほどまでに思っていた松居さんの作品に出演できて、どんなものを得られましたか。

それっぽいことを言っているような感想になってしまうんですが(苦笑)、安心しないことなのかな?という気はします。「自分はこの役を捉えきれている」って、思わないこと。演じていて、「松居さんには他の正解が見えているんじゃないか?」って、思わせられる不安があるんです。

松居さんは、僕がこの世界に入る前から大好きだったし、すごいと思っていた池松壮亮さんや蒼井優さんとかも撮っている方だから、そもそもこちらに求められるハードルが高い気がするんです。だから役者が演技で応えるべきハードルが高いんだろうなと。

そして松居さんと一緒に仕事をしていると松居さんがこれまで一緒に仕事をしてきた役者さんたちの顔が浮かんできて、まるで勝手に彼女の元カレと自分を比べるようなことをしています(苦笑)。だから安心しきれないんです。それはいい意味でプレッシャーであり、ストレスでもありましたが、必要なものだった気がします。

©2024「不死身ラヴァーズ」製作委員会 ©高木ユーナ/講談社

――確信を得ないことで、役者として模索する力がつくような?

そうですね。現場で、松居さんが「もう1回」って、僕にはその理由を説明せずに言うことが何回かあって。理由を言ってもらえないから、僕も「何か違うんだろうな」と思いつつ、わからないまま「とにかく別のことをやってみよう」というふうにしていました。

僕はあまり本番の合間にいろいろ考えられるようなタイプではないから、とにかく「これがダメなら、さっきと同じことはしないでおこう」というのをやるだけでした。

ただ(相手をする)見上さんのお芝居も毎回、変わってくるので、同じキャラクターで、同じセリフではあるけど、それの別バージョンのような感覚で捉えていました。

©2024「不死身ラヴァーズ」製作委員会 ©高木ユーナ/講談社

――甲野じゅんというキャラクターはいろんなパターンが存在しますが、演じる上で何か軸となるものはありましたか。

今回の取材の際、僕は「マルチバース」という言葉をよく使っているんですけど、自分が選ばなかった人生のいろんな分岐点の先にいる甲野じゅんを演じているような感覚でした。

なので最初はいろんなバージョンの甲野じゅんを演じ分けようと思っていたんです。けど、松居さんがそれを求めていなかったので、どんどんそぎ落とされていって、結果、全部の甲野じゅんが素の自分に近くなっていたと思います。それをさっき取材で話していて気が付きました(苦笑)。

ちゃんと考えてはいたんです。ギターを弾く甲野じゅんはこういう人で、クリーニング屋で働く、社会人になった甲野じゅんはこうで、中学校のときの、尖っている甲野じゅんはこうでみたいに、全然違う人として演じようとはしていたんです。

けど、結果的にどの甲野じゅんを演じていても、全部自分がしゃべっている感覚があって、それが恥ずかしかったです。演じている感覚がどの甲野じゅんに対してもなかったです。

自分が何かを準備して挑んだというより、どんどん裸にされていって、結局、「お前、何も着てないじゃん」みたいな。だから唯一、お芝居での反省をするならば、「最初から違っていたんじゃないか?」ってことで。その場、その場での反省はあまり出てこないんです。

©2024「不死身ラヴァーズ」製作委員会 ©高木ユーナ/講談社

――自分自身のキャラクターが軸になっていたと?

最初は自分とは全く違うところに役を用意していたつもりが、どんどん自分に引きずられていって、結局、気付いたら丸裸(笑)。

――それは松居さんの演出なのでしょうか。

たぶん、そうだと思います。現場では全く気付かないまま「これでいいのかな?」って、思ってやっていたら、そのようになっていました。

撮影/小嶋文子

――松居さんの言葉で印象に残っていることは?

現場では、先ほど話した「もう1回」ということはありましたけど、あとは本当に撮影が楽しくて。僕から松居さんに「幸せです」って伝えていたな、という記憶くらいしかないです(苦笑)。

ただ試写のときにかけてくださった言葉は覚えています。試写には、原作者の高木ユーナさんもいらっしゃっていたんですけど、この作品は松居さんと高木さんの間では、10年くらいやり取りをしながら温めていたものだったらしく。

試写のあと、高木さんが涙を流しながら「こんなに幸せな日はありません」って、おっしゃってくださって。大人の方がこんなに涙を流しているのを見るのは初めてと思うくらい、泣きながら感想を伝えてくださったんです。

僕と見上さんには「本当に2人に演じてもらえて良かったです」ともおっしゃってくださって。そしたら監督も「この時代に一緒に役者をやっていてくれてありがとう」と言ってくれたんです。

自分が好きだった監督さんにキャスティングをしてもらえただけでもうれしかったのに、その上、僕の何かを認めてくださったんだと感じて。しかも、松居さんにとっても10年越しの、大切な作品だったから。その言葉は本当にうれしかったです。