エンターテインメントはある間にはリスペクトされにくいもの

ーー以前出演していたラジオで「エンタメがなくて死ぬものではないことはわかってる。

でも、舞台も音楽もなくなったことを想像してみてほしい。必要な人もいるんだってことは想像してほしい」いう堀さんの言葉に強く心を打たれました。

音楽をはじめとするエンターテインメントは社会、人々の人生においてどのような役割を果たしてきたとお考えですか。

堀:一番最初に自粛命令が出たとき劇作家の野田秀樹さんが「演劇の死」を危惧する内容でインタビューに答えていたのですが、それに対するネットでの批判がすさまじかったんですよ。

そのあと日本音楽制作者連盟、日本音楽事業者協会、コンサートプロモーターズ協会の3団体が政府に対して要望書や声明を出したことに対してもものすごい批判がありました。

そんなことは気にしなければいい話なのかもしれないけれど「そういう人たちがいるんだ」ということが最初に心が折れる瞬間だったんですよね。

自分たちはなんのためにこの仕事をやってきたんだ、という悲しい思いがありました。

私は毎年大学生に講演で話をする機会があるのですが、そのときいつも言っているのは「僕らの仕事なんてなくたってみんな生きていける。歌なんてなくても生きていけるし、

水と食料と空気さえあれば、ただ生きていこうと思えば生きていける」ということなんです。ただ、生活をする上で冷蔵庫や洗濯機がないと今のみなさんは生きていけないでしょう。

そこで考えてみてほしいのは、自分の人生を変えた冷蔵庫や洗濯機はあるのか、ということなんです。僕はもともとラジオの出身なのですが、

番組に「死にたい」と電話をかけてきた人をパーソナリティが説得して自殺を思いとどまらせたことがあります。仕事がダメになって自暴自棄になっていた人がたとえば中島みゆきの歌を聴いて救われる。

なにもやる気が起きなかったのにある映画を観て力が湧いてきたという人もいる。そういう冷蔵庫や洗濯機に出会ったことはありますか、と。

家にいて冷蔵庫の前に立ちすくんで、「いやー俺は生きてるな」なんて思う人はいないですよね。

でも地震が来て停電して冷蔵庫の中のものが腐っていったら「なんて便利なものなんだろう」と思う。

だから本質的には冷蔵庫もエンターテインメントも同じなんですよ。なくなったときに初めて気がつく。

これは多くのタレントが亡くなった後にリスペクトされることとも通じていて、エンターテインメントはある間、生きている間にはリスペクトされにくいものなんです。それは、きっとこれからも変わらないでしょう。

僕らの仕事はすごく過小評価されているけれど、音楽や映像がなくなったと想像してみてほしい。新聞の活字ばかりを見て人生が豊かになる人がいますか。

テレビドラマはつまらないと言う人もいるけれど、人生で突然人とぶつかって恋が芽生えることなんてありますか。エンターテインメントには人生にないものを補完していく役割がある。

あったらいいなと思うものを補完していって自分ができない体験に関われる、あるいは自分で気づかなかった感情に気づいたり、感情移入ができるものなんです。

それは自分に感情があるということを確認することでもある。人それぞれが自分が生きているという実感を持つことができる、そのためにエンターテインメントはあるのだと思います。

テレビもつけない、音楽も聴かない、本も読まない、なんのエンターテインメントにも触れないで数カ月過ごしてみたら、きっと多くの人はおかしくなりますよ。

なかには困らない人もいるのかもしれないけれど。そういうことだと思います。

ーー堀さん自身が人生のなかで心を動かされたエンターテインメントは?

堀:たとえば歌だったら尾崎豊の『15の夜』を聴いて「自分と同じことを考えている人がいるんだ」と気がつくことはあったし、

子供のときに観た映画、ミュージカルでいえば、劇場に入るとワンダーランドが広がっていて、オーケストラの音が流れてみんなで歌い踊る姿を見て感動しました。

「なんて幸せなんだ」と思うことがお金を払った価値になる。作る側になってからは作品に感動したという声を聞くことで、みなさんの人生に思い出をつくることができたと、意味のあることをしたと感じることができます。

エンターテインメントを通じて「また明日からがんばろう」とか、「人間は捨てたもんじゃないな」とか、逆に「人間ってひどいものだな」とか、

さまざまなことを思い、考えることができるのが一番。僕自身が心を動かされたものは、数えたらきりがないですね。

人間って暗い気分だから明るいものを求めるわけではないじゃないですか。その時々の気分で求めるものは変わります。ハッピーなときはゴージャスなものが好きになるし、

アンハッピーなときは暗いものが好きになる。ふつうに生活を送っていると、大人になればなるほど笑ったり泣いたりできることって世の中にはほとんどないですよね。

僕らはちゃんと笑って、ちゃんと泣けるものをみなさんに提供する。およそ人間の喜怒哀楽に関するものは全てビジネスにするということをやってきたわけです。

ハッピーなものだけを作ってるわけではなく、おどろおどろしいものもやれば、残酷なものもやる。あらゆる物事から目を逸らさないということは頭を使うことにもなります。

一一人と人との物理的な距離が問題となる中で、今後人との関わり方にも変化があるように思います。感情の豊かさにおいても影響を及ぼしかねません。

堀:子供が学校に行けず家の中にいると、テレワークをしている人から静かにしてくれとマンションの中や近所から苦情が出る。

家にいても声もあげられない。外に出ないと気が晴れない人、こんな状況で外出するなんてけしからんという人、いろんな戦いが起こっている。

どっちが正しいのかだけの争いなので、世の中が怒りに満ちている状況ですよね。お気づきの方もいるかもしれませんが、今は悲しみも淘汰されつつあります。

人の死が数字というかたちで日々更新されていて、悲しいということすらどこかに吹き飛んでいる印象がある。エンターテインメントにおける物語の最大公約数は、いつだって善と悪の戦いです。

あっちはいい、こっちは悪い、それぞれの視点で考えや感情が揺れ動くさまを描いてきましたが、今はあらゆることにおいて現実世界からも物語が失われている。それは非常にまずいことなのではと感じます。