母乳でもミルクでも実は一緒!赤ちゃんの生理的欲求を満たしてあげないのはつまり?

奥:赤ちゃんが欲しがったら、できるだけ速やかに授乳をする必要性が、周知されなければならないということかもしれません。

WHO(世界保健機関)とUNICEF(ユニセフ=国連児童基金)が掲げる「母乳育児成功のための10カ条」には「ステップ8:赤ちゃんが欲しがるときに欲しがるだけの授乳を勧めましょう」とあります。

よく子育て経験世代の方々から「授乳は3時間おきにしたほうがいい」というように、時間決めのアドバイスをいただくことも少なくないようですが、今時のママたちは、欲しがる時にあげるのが当たり前と思っていますし、母乳育児に精通する専門の医療従事者であれば、そのようにお伝えしてバックアップをしているはずです。

よくよく考えてみれば、これは母乳に限らず、ミルクで育てている場合でも、欲しがったらあげるのは当たり前ですね。赤ちゃんが欲しがっている時に、あげるものがなければ別ですが、あるのに授乳しなかったらそれは、厳しい言い方になりますが「社会が子どもを“虐待”している」ともいえるのではないでしょうか。

――“虐待”ということでいえば、出先で授乳をするママに対して「赤ちゃんをお腹いっぱいにしてあげてから出てくればいいのに、かわいそうなことをして」「計画性のないママが子どもを振り回している」といった批判もあるようなのですが。

奥:それについては、生物学的にもっと突っ込んだお話をしてみましょうか。

ヒトの親子を生物学的に見てみると?そして日本人が失いつつある“心”とは?

奥:ヒトの母乳とその他の動物の乳の成分を比べると、きわだって異なるものがあります。

「濃度」です。

例えば草原の動物が頻回授乳、つまり時間を置かずに日に何度も授乳していると、猛獣に襲われるリスクが高くなります。よってこれらの動物では乳を濃くして、また消化に時間がかかるようにして、腹持ちをよくしているのです。ウシの授乳回数は1日3~4回ですし、ウサギは早朝と夕方の2回、母ウサギが巣穴を訪れて授乳するといわれています。

それに対して、ヒトの母乳は薄いんです。消化もよく、すぐに空腹になります。サルもそうですね。樹上生活をしている動物の子どもは、常に母獣に抱っこされて頻回授乳していないと、木から落ちるなどの事故で死亡することが多くなるでしょう?

私たちヒトは、生命の危険を回避して種を残すために、母乳は薄く、消化がよく、頻回で飲むよう進化してきたのです。

つまり、すぐに空腹になるのは「進化」のおかげなのです。

また頻回授乳と新生児・乳児の健康ということで付け加えさせていただければ、母乳で育つ子どもには、乳児突然死症候群(SIDS:Sudden Infant Death Syndrome)が少ないというデータもあります。SIDS自体の原因がまだ突き止められていないので、その理由もあくまでも推測ではあるのですが、頻回授乳することで頻繁に目覚めることによるのかもしれない、ということが言われています。

――子育てをしていると、どんな選択をしたらいいのか、迷うことがたくさんあります。「公共の場での授乳」にしてもそうですが、時に優先順位を付けて動くことも避けられません。

そんな時、決して開き直るという意味ではありませんが、赤ちゃんの心と身体のために自分はどうしたらいいのか、決断の助けとなってくれるお話をお伺いすることができたように思います。

では今回のインタビューの最後に、ママと赤ちゃんたちを取り巻く社会に対する、奥先生の思いをお聞かせいただけますか。

奥:ひと昔前までは、ママが子どもに授乳するのは当たり前で、それが道ばたであろうが電車の中であろうが、微笑ましいと見守っていたものです。授乳をしているところを見るのが不愉快と思ったり、そんなことを言ったりする人はいませんでした。

それを当たり前の光景として受け取ると言う文化や、微笑ましいものとして許容する気持ちが、いつの間にか失われて来たのですね。

ちなみに、インドの農村で支援をしている日本人の友人が現地の人にこの話をすると、全く理解出来ないと言われるそうです。

「日本人から“授乳する母子を微笑ましい当たり前の風景として許容する心”が失われて来ている」という点について、今回の論争が、いろいろな意見を通してあらためて考える機会となることを願っています。

記事企画協力:光畑 由佳

【取材協力】奥 起久子(おく きくこ)先生 プロフィール

新生児科医(公益社団法人地域医療振興協会東京北医療センター小児科)。母乳育児支援のための一定水準以上の技術・知識・心構えを持つヘルスケア提供者を認定する国際資格「国際認定ラクテーション・コンサルタント」(IBCLC:International Board Certified Lactation Consultant)も有し、NPO法人日本ラクテーション・コンサルタント協会では教育研修事業部長も務める。著書(共著)に『母乳育児支援スタンダード』(医学書院)ほか。

15の春から中国とのお付き合いが始まり、四半世紀を経た不惑+。かの国について文章を書いたり絵を描いたり、翻訳をしたり。ウレぴあ総研では宮澤佐江ちゃんの連載「ミラチャイ」開始時に取材構成を担当。産育休の後、インバウンド、とりわけメディカルツーリズムに携わる一方で育児ネタも発信。小学生+双子(保育園児)の母。