重たい前髪からのぞく、道枝の目の真っすぐさに引きつけられる

撮影現場の様子 ©2022「今夜、世界からこの恋が消えても」製作委員会

クランクインから撮影日としては5日目となった2月6日。この日は台本上のセリフのやりとりがある芝居場が初めて収められた日で、千葉県にある高校を借りて教室シーンの撮影が行われていた。

前出の下川と透が朝の教室で会話を交わすシーンに始まって、真織が透に放課後の教室で交際の条件を語るシーン。状況と心情の説明をする三木監督の顔を真っすぐ見ながら、しっかり「はい」と返事をして反応する道枝。

そこでどんな芝居と表情を見せていたかは、ぜひスクリーンで確かめてほしいが、象徴的なのが透の前髪だ。三木監督曰く、「引きの画では見えなくて、寄りの画で見えるくらい」の加減で目を覆う、前髪のかかり具合。見えないと見たくなる。そんな演出効果をもたらすものでもあるが、重たい前髪からのぞく道枝の目の真っすぐさに引きつけられるはずだ。

こんなところも透らしくて、道枝らしいと言えるかもしれない。撮影の合間、その前髪を手直しするため、へアイメイクスタッフが道枝のもとに歩み寄った。窓に背を向けたまま態勢を取った道枝だったが、窓の方を向いてほしいとお願いされると、「あっ、そうですね!」。窓に背を向けていると逆光になってしまって、明るい状態でのヘアスタイルの整い方と映り具合が分からない。それをすぐに察して、飲み込み、対応する。その素直さと学習能力。

撮影現場の様子 ©2022「今夜、世界からこの恋が消えても」製作委員会

3月8日のクランクアップ。道枝はすでにその前の5日にすべての撮影を終えていたが、福本はこの日までシーンが残っていて、彼女の芝居場が本編自体のゴールともなった。それに合わせて道枝がサプライズで現場に現れ、自ら花言葉や色味にこだわって選んだ花で作ってもらったドライフラワーの花束をプレゼントしたというのは、ニュースや動画でも公開されているとおり。

福本は驚きと喜びでいっぱいだったが、恐縮していたのがその前段階。現場スタッフにも内緒のサプライズなうえ、撮影が終わるタイミングも読めなかったため、道枝は車の中で数時間待機。少しくらいなら動いても良さそうなものだったが、プロデューサー曰く、「そうなると道枝さんは、絶対にスタッフ全員と挨拶しようとしちゃうから」。

そういう人なのだ。どの日も、どんな場所でも、その場にいるスタッフや関係者全員の目を見て、きちんと挨拶をして現場に入り、そこを後にしていた道枝。完成した映画には、そんな道枝の透としての姿が刻まれている。そして現場を振り返れば、そんな透としての道枝の姿が浮かび上がる。

『今夜、世界からこの恋が消えても』 ©2022「今夜、世界からこの恋が消えても」製作委員会

日々、透に、真織に、そして現場と作品に誠実に向き合いながら、さまざまなことを吸収して実直に形としていった道枝の記憶と記録。今作が彼にとって、現時点の代表作になることは間違いない。

映画『今夜、世界からこの恋が消えても』は公開中。

わたなべ・みお ライター。マンガ・アニメ・映画などを中心に、雑誌や書籍で執筆。映画の宣伝ライティングも務める。近著に、『このマンガがすごい! 2012』(宝島社/共著)。主な著書に、『プロジェクトTHE LAST MESSAGE 海猿』『ROOKIES-卒業-~軌跡 完全シナリオ&ドキュメントブック』(共にぴあ)など。