マグロの刺し身に釘付け
市場の中心に近づくにつれ、惣菜や鮮魚を扱う店が増えてくる。こうやって市場の建物の周辺を歩きながら、糸をたぐるようにして中心となる建物を捜すのはなかなか楽しい。
人やバイクの流れに乗って進んでいると、徐々に人や店の密度が高くなり、目の前にピンク色の大きな建物を見つける。これが羅東朝市のメイン棟らしい。大きな入口が人やバイクを飲み込んでいる。
そこから半地下に入ると鮮魚や鮮肉の売り場が整然と並ぶ。台湾の朝市では、たいてい肉を扱う店が一番いい場所にあるのだが、羅東は魚介の店も幅を利かせている。
海鮮海苔巻きを扱う店の前に行列ができていた。朝ごはんに海苔巻きも悪くない。その向かいの店を見ると、清潔感のある陳列棚の中にさまざまな部位のマグロが冷やされている。
赤身、中トロ、大トロ……希少な部位もありそうだ。朝から刺し身? ちょっとためらったが、こんなにきれいなマグロの陳列を素通りできる日本人は少ないだろう。
マグロ店に立つおじさんに、「一人前だけ買いたい」と言うと、部位を選べと棚を指さされた。せっかく台湾でみごとなマグロにお目にかかったのだ。大トロを奮発しよう。
おじさんは上機嫌で一人前のマグロに包丁を入れる。「市場の外にきれいなテーブルがあるよ」と、切り分けたマグロをパックに入れようとするおじさんに、「ここで食べたい!」と言うと、お皿と割り箸を出してくれた。
大根のツマにマグロを並べ、プラスチックの椅子を置いてくれる。台湾だからこそ許される、市場の野趣ある特等席。通り過ぎる客の目線を浴びつつ、おじさんがマグロを切るまな板のそばに腰掛ける。
大事なことを聞くのを忘れていた。「おじさん、これどこのマグロ?」
すると意外にも、おじさんは海のほうを指さして「南方澳(ナンファンアオ)の新鮮な黒マグロ」と胸を張る。
台湾でこんなにいい黒マグロが水揚げされるなんて知らなかった。ワサビ少しと醤油をつけて、みずみずしいマグロを口いっぱいに頬張る。
日本のマグロにまったく引けを取らない、旨味が濃厚な刺身だ。朝から日本酒が飲みたくなってしまった。
(つづく)