『台風家族』9月6日(金)公開 配給:キノフィルムズ ©2019「台風家族」フィルムパートナーズ

『隼』(05)、『無防備』(09)、『箱入り息子の恋』(13)などの市井昌秀監督が、12年間温め続けてきたオリジナルストーリーを草彅 剛の主演で映画化した『台風家族』。

遺産相続をめぐる兄弟たちの壮絶なバトルをキャスト陣の生々しい芝居とブラックな“笑い”で描いた本作は、今年の日本映画界の“台風の目”になること間違いなしの市井監督渾身のヒューマンムービー。

思いがけない事情で公開が危ぶまれたが、この傑作が埋もれなくて本当によかった。というわけで、市井監督を直撃!

市井昌秀監督

『台風家族』に込めた想いから、草彅 剛、中村倫也らキャスト陣の印象、演出のこだわりまでをたっぷり聞きました。

痛くて、笑えて、生々しい…兄弟たちの骨肉の相続バトル

台風が近づく2018年の夏のある日。鈴木小鉄(草彅 剛)は妻の美代子(尾野真千子)と娘のユズキ(甲田まひる)を連れて、10年ぶりに実家に戻ってきた。

10年前、銀行強盗をして、奪った2000万円と逃走に使った霊柩車とともに忽然と姿を消した両親の“見せかけ”の葬儀に参加し、次男の京介や三男の千尋(中村倫也)、長女の麗奈(MEGUMI)と財産分与をするためだ。

ところが、すんなり終わるはずだった話し合いはもめにもめ、状況や兄弟の立場、力関係がコロコロと変わって……そんな兄弟たちの骨肉の相続バトルは痛くて、笑えて、生々しい。

だが、そこから兄弟や親子ならではの愛憎や絆、かけがえのない関係を立ち上がらせる捻りの効いた展開は市井監督ならではで圧巻だ! そんな市井監督の言葉に耳を傾けてみてください。

映画のアイデアの源は?

――『台風家族』のもともとのアイデアは12年前からあったそうですね。

『台風家族』9月6日(金)公開 配給:キノフィルムズ ©2019「台風家族」フィルムパートナーズ

そうなんです。05年の『隼』が「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」で準グランプリを受賞して、スカラシップ(PFFがトータルプロデュースして劇場映画を作る映画製作支援システム)にエントリーする権利を得たときに考えたものがベースになっています。

――でも、スカラシップの権利を勝ち取ることができなかったんですね。

はい。そのときのものはもっと老夫婦が中心の話だったんですけど、当時はまだ僕も30歳ぐらいだったので、「あなたには老夫婦が描けるの?」って最もなことを言われて、落ちちゃったんです(笑)。

――遺された兄弟が遺産相続をめぐって争うアイデアはどこから生まれたんですか?

5年前に「舞台をやらないですか?」って声をかけていただいたときに、老夫婦ではなく、遺された家族の方を描きたいなと思ったんです。

当時、原作モノの映画の話をけっこういただいていて、どれも興味はあったんですけど、突き抜けた人間の“汚さ”みたいなものを描いたものが少ないなと思って。

そういうものをオリジナルでどうしてもやりたいなという気持ちが強くなったんですよね。

――そこから兄弟の遺産分与のアイデアが閃いたんですね。

そうです。剥き出しのズルさ、汚さ、ドロドロしたものを描きたいという想いがあって、老夫婦が失踪した後に兄弟間で起こる醜い争いって何だろう?って考えたときに遺産相続を思いついて。

冠婚葬祭などもそうですけど、日常から少し離れた特殊な状況に人間の醜い争いや欲が出やすいなと思ったんです。

作品の準備していたときは昼はポスティングの仕事、夜に脚本を書くという日々

――それにしても、原作モノの映画のオファーを断って、オリジナル脚本で映画を作るなんて、相当な決意と覚悟ですね。

そうかもしれませんね。準備しているときは昼はポスティングの仕事をして、夜に脚本を書くという日々でしたし。

ただ、僕、『台風家族』の前に『僕らのごはんは明日で待ってる』(17)と『ハルチカ』(17)という原作モノの映画を撮っているんですけど、それ以外に書いた6、7本の原作モノの脚本は原作者からのNGだったり、製作費が集まらなかったりして流れてしまうという経験をしているんです。

そうなると、ギャランティは貰えたとしても、その脚本は無意味になってしまう。

逆にオリジナルで書いた脚本なら、ある制作会社で企画が潰れてもその脚本を別の会社に持っていけるし、少なくとも可能性がゼロになることはない。

でも、それ以上に大きかったのは、原作モノの2本を撮っている間に自分が40歳になったことですね。

――それはどういう意味ですか?

40歳になったときに、映画を撮れるリミットみたいなものが何となく見えてきて、自分の中から生まれてくるものをもっと信じてみたい、オリジナルの脚本でゼロから根こそぎ描いてみたいと思ったのがいちばん強い理由のような気がします。

『台風家族』9月6日(金)公開 配給:キノフィルムズ ©2019「台風家族」フィルムパートナーズ

草彅 剛キャスティングの理由

――それが本作の強度にもなっていると思いますが、そんな市井監督の執念の映画の主人公・小鉄役に草彅 剛さんをキャスティングされたのは?

台本を書いているときにプロデューサーから草彅さんの名前が挙がって、草彅さんの出演が決まってから主人公の名前も「小鉄」にしたんですけど、そのへんにいそうな、人間臭い小ズルいキャラを演じている草彅さんって見たことがないなと思ったんですよね。

無骨な人間だったり、ものすごくいい人の役は見たことがあるし、『任侠ヘルパー』(09・12)で演じられたような振り切った人物は演じられていますけど。

――小ズルいというのは例えばどういう感じなのでしょう?

小鉄は次男の京介や三男の千尋(中村倫也)と違って、自分だけ父親の一鉄(藤竜也)と一文字違いの小鉄という名前になったことをいまでも根に持っていますが、あれは弟との身長差が気に入らない僕の実体験で(笑)。僕、弟より背が10~15センチぐらい低いんですけど、中学時代に抜かれて腹が立ったんですよね。

そういう、しょうもないことにこだわるところが人間臭いと思うし、草彅さんに、いままで見せてこなかったそういう部分を表現して欲しかったんです。

――草彅さんの中にもそういう部分があると思われたわけですか?

というより、そういう草彅さんを見てみたいという僕の期待の方が大きいですね。

これまでは役柄的にもスター性を感じるものが多かったけれど、そんな草彅さんが平凡な、しょうもないことにこだわったり、小ズルいことを執念深くやることで面白さが出ると考えたんです。

――草彅さんが小鉄役に決まってから脚本を改稿されたそうですが、どんなところが変わったんですか?

例えば、小鉄が千尋に向かって「くそぼけふにゃちんかす野郎!」って言うところがあるんですけど、あれも草彅さんに言って欲しいなと思いながら書いたセリフだったりするんですよ。

最初はもっとシンプルだったんですけど、このセリフを草彅さんが言ったら面白いんじゃないか?っていうのがありますよね。変えたのは、そういうディテールです。

――「くそぼけふにゃちんかす野郎」というセリフは言いにくそうですけど、監督はそこにこだわったわけですね(笑)。