はい。現場で草彅さんにも「このセリフが大事なんです」って確か言いましたし、それこそ、次男の京介に「いま、無職なんだよ。頼むよ」というセリフはもともと台本にも書いてあったものですけど、草彅さんがもっと下手に出るような形で言った方が僕がイメージしていた小鉄よりも面白くなるだろうなと思ったので、演出が変わりました。

――撮影現場でも小鉄がどんどん変化していったんですね。

そうなんです。小鉄と父親の一鉄が殴り合うところなんかもそうですね。

あそこは脚本ではただ殴り合うだけだったんですけど、現場で草彅さんの小鉄を見ているうちに、もっともっと小ズルい人間にしたくなって。

それで、小鉄に殴られた一鉄が「ちょっと待て、ちょっと待て」と言いながら、一見弱っているように見せて、隙を見て殴り返すという芝居が現場で生まれたんです。

一鉄のあの汚い血が、後のシーンの小鉄が京介にする仕打ちに繋がるように組み立てたわけですね。

そんな感じで、小鉄の小っちゃい汚い部分をもっともっと見たいな~と思えたのは、やっぱり草彅さんが小鉄を演じてくれたからだと思います。

「何で俺だけ(名前が)小鉄なんだ?」というセリフも草彅さんに決まってから加えたものですからね。

草彅 剛が求めてくるもの

――草彅さんが撮影現場で「監督はいわゆるお芝居が嫌いで、その人物が本当にそこにいるようなものを求めてくる。

だから、僕自身がすごく出ちゃっている」と言われていましたが、キャスト全員にそれを徹底したんでしょうか?

そうですね。昔からと言えば昔からなんですけど、『台風家族』ではいままで以上にそれを言葉で具現化して、役者さんに伝えました。

というのも、今回の脚本は字面だけで見るとコメディっぽい印象を受けるし、声量や語気を派手にしたり、過剰な芝居をしなければいけないと捉えてしまう恐れがある。

なので、そこはあくまでも「人間として演じて欲しい」と言いました。演者がコメディだと思ってやってしまうと、観客はそういう風に観てしまうけど、役者が映画の中で必死に生きていれば、それを笑いにとる人もいれば、シリアスに感じる人もいると思うんです。

僕はそこは観客に委ねたいから、演じるときに意味を込めて欲しくはないんですよね。

――そのことをキャストの人たちに伝えたんですね。

『台風家族』9月6日(金)公開 配給:キノフィルムズ ©2019「台風家族」フィルムパートナーズ

はい。演じている瞬間も草彅さんの小鉄であって欲しいし、(長女の)麗奈もMEGUMIさんの麗奈であって欲しい。

着ぐるみをかぶって物語のツールとしての役をやって欲しいわけではないし、生身の人間でいて欲しいから、そうすると等身大の自分を出さなきゃいけなくなるわけじゃないですか。

そういったことをリハーサルのときからけっこう話しました。まあ、劇伴をつけると少し道筋が立ってしまうけれど、あくまでフラットでいて欲しかったんです。

――草彅さんはアイドルという側面もあるので、「素の自分を出してください」と言っても出しきれないんじゃないかな? と思っていたのですが、完全に振り切っていたので、監督の意図をちゃんと理解して、覚悟を持って演じられていたんでしょうね。

草彅さんもちゃんと理解してくださっていたと思います。

そこは兄弟たちや(小鉄の妻の)美代子(尾野真千子)、(小鉄の娘の)ユズキ(甲田まひる)とリハーサルをさせていただいたのが大きくて。

その後はあまり具体的な話はしなかったんですけど、現場の囲み取材のときに草彅さんがそのアプローチを自分で言葉にしてくれていたのを見て、あっ、ちゃんと伝わっていたんだと思いました(笑)。

――とは言え、草彅さんがあそこまでクズになりきるとは思っていなかったので驚きましたし、面白かったです。

頑張らない努力をしていただいたような気がします、草彅さんに限らず、役者の方々は演じるときにどうしても力が入ってしまうと思うんです。

でも、自分のままでいるのなら頑張らなくてもいいわけじゃないですか?

みなさん、その部分でいろいろと試行錯誤があったり、悩んだりしたと思うんですけど、なるべくそのままの状態で現場にいてくれたような気がします。