人って、もうダメだ~ってなったときに、理屈じゃないことを始めたりする(笑)
――兄弟だけではなく、麗奈の恋人の登志雄(若葉竜也)や小鉄の奥さん・美代子のポジションも面白くて。
僕は特に、兄弟が遺産分与をめぐって醜い争いをしているときに、その空気に耐えきれなくなった美代子が隣の部屋に夢遊病者のように移動してソーメンを食べるところです。
あそこにも、長男の嫁という微妙な立場が表われていましたから(笑)。
人って、ああいう、もうダメだ~ってなったときに、理屈じゃないことを始めたりするじゃないですか(笑)。
僕は尾野さんと仕事をするのは2度目だったんですけど、本当にいろいろな役をやられているので、何か新しいことをやってもらいたくて。
そのためには道具を使うしかないな~と考えて、あのソーメンに行きついたところもあるんです。
――あのソーメンの食べ方も上手いですよね(笑)。
そうなんですよ(笑)。
実はあれはお芝居的にはちょっと難しいんですよね。
長回しだし、隣の部屋から歩いてきて放心状態の視線が定まっていない状態で食べるのはなかなか大変だと思うんです。
でも、尾野さんはサラッとやってくださって。タイミングの微妙な調整で確か2テイク撮りましたけど、どっちもすごくいいお芝居だったのを覚えています。
――先ほど「パズルのようにはしたくない」って言われましたけど、幾つかの真実が明らかになっていくときのその明かし方も市井監督らしくて上手いなと思いました。
そうですか? でも、登場人物の性格や気性だけではなく、日常の描写などにも僕の生活が反映されていて。
例えば、一鉄の秘密が分かるテレビのリモコンのくだり……リモコンの電池を転がしたりするのも、僕が普段からよくやっていることで、あの描写は実は『隼』でも使っているんです(笑)。
突飛なことはしつつも、嘘をつきたくない
――そしてクライマックスは、台風が迫りくる中、小鉄、京介、千尋、麗奈の4兄弟が美代子、ユズキ、登志雄も連れて想い出のキャンプ場に向かうところですが、ひとりひとりが家の中から出てくるのをスローモーションでカッコよく見せておきながら、その直後に軽自動車だから全員が乗れないというテンションが一気に落ちるカットが入ります。
あの感覚も市井監督の映画ならではですね。
突飛なことはしつつも、嘘をつきたくないみたいなところがあるのかもしれないです。
なるべく端折りたくないと言うか、過剰にカッコつけるのがイヤなんでしょうね(笑)。
絶対に撮りたかったシーンとやりきれた満足感
――でも、そこからラストシーンに向かう、全員の剥き出しの“生”が全開していくところは疾走感も含めて監督がいちばん描きたかったところだと思いますし、僕は『隼』のラストシーンと同じ生々しい熱量を感じました。
小鉄たちが生身の川を流れていく“あれ”を追いかけるあのシーンは絶対に撮りたかったんですよね。
暗闇だから本来は見えないはずなんですけど、そこを懐中電灯の光で見えるようにして、ファンタジックな切り口だからこそ、現実に起こっているように見せたかった。
あのシークエンスをお客さんがどう観てくださるのか分からないですけど、僕の中では、12年間ずっとやりたいと思っていたことをついにやることができたなという満足感があって。
最後の海の長回しのシーンも、実はキャストのみんなとずっと続けてきたお芝居の最終形を撮ったものだったんです。
――順撮りですものね。
そうなんです。ただ、台本にもだいたいああいう感じのことは書いていたんですけど、長回しの最後にユズキがカメラの方に歩いてきてあのセリフを言ったりするところなどは撮影中に思いついたこと。
そんな感じで、最後の最後まで、スタッフやキャストに助けられて、アイデアがいろいろと膨らんでいきました。
――まさにタイトル通り、駆け抜ける台風のような家族の映画を念願かなってついに撮り終えられたわけですけど、市井監督はこの先はどこへ向かうんですか?
僕はいま「他人が書いた原作の映画は当分はやらない」という言い方をしていて。
実録モノはひょっとしたらやるかもしれないけれど、ひとまずは、僕は妻と一緒に書く自分の原作小説を映画化することにこだわっていこうと思っているんです。
それこそ、いま仕上げに入っているドラマもオリジナルですし、撮っていない時期がしばらく続いたので、いくつかのプロットは書いていて。そういった作品をしばらく撮り続けたいんです。
――最初に言われた、40歳になったことが、その決意を固くしたんですね。
そうですね。と言うか、本当にシンプルに、そうしたいという自分の気持ちに従いたいだけなんですけどね(笑)。
強い意思とクリエイティブ精神でゼロから映画を生み出そうとしている市井昌秀監督は本物の映画人だ。
その言葉を聞けば聞くほど、『台風家族』がちゃんと劇場公開できてよかったと思った。
埋もれてしまっていたら、市井監督の今後の監督人生も大きく変わっていただろうから、それを回避できたことにも心から拍手を贈りたい。
そして早くも気になるのが、次なる展開。「しばらくはオリジナルで映画を作り続ける」と豪語した市井監督が、今度はどんな独創的な世界をスクリーンに届けてくれるのか!? 今後の動向からも目が離せない!!