――どのセリフですか?(笑)

「冒頭の方に山下健二郎さんが木帆ちゃんのラーメン屋で彼女と揉めているシーンがあったと思うんですけど、あそこは山下さんがフッているのに、フラれた彼女の方が『私より好きな人、一生できないと思うから』って最後に強い言葉を残して去りますよね。

あの彼女のセリフは、俺が言われた言葉をそのまま使っていて(笑)。

そういうのを取り入れると、例えば観た人から『あんなこと言う人いないよ!』って言われても『いや、ひとりいたんで』って反論できる。

そういうことで、作品の強度は上がる気がしていて、それが女性の気持ちが分かることと繋がっているのかどうかは分からないけど、でも、俺が書けないセリフを書けるのは、そういう、本当に言われたことを取り入れているからなんです」

『mellow』2020年1月17日(金)新宿バルト9・イオンシネマ シアタス調布 ほか全国公開 配給:関西テレビ放送 ポニーキャニオ©2020「mellow」製作委員会

――それでは、ともさかりえさんが演じられた、夏目に恋をする主婦の麻里子さんとそれを容認する旦那さんにもモデルがいるんですか?

「あれは何ですかね~。イカれてますけど、さっき言った、同性同士の恋愛や不登校を咎めないのと一緒で、既婚者が恋愛するのは当たり前のようによくないことってされているけれど、それを認めるとどうなるんだろう?っていうのをやり過ぎただけなんですよ」

――麻里子さんもスゴいけど、それを認めちゃう旦那さんはもっとヘンですものね(笑)。

「ヤバいですよね。しかも、麻里子は『私をなぜ責めないの?』って自分で言うし、みんな優し過ぎるから、おかしくなっていくんです。

責めたり、揉めるのって簡単だし、実はそれも愛情に見えるじゃないですか?

あそこまで行くと、相手に対する愛情が実は怒ることの方にあって、怒らなかったり、認めることの方が愛情がないように見えたりする。

そこに興味があるし、コメディにもなるから過剰にやっているだけなんですけど、自分も奥さんが浮気をしたときにちゃんと怒れるのかな? と考えたときに意外に平気かもと思って。

それで、ちょっと怖くなったりしたので、それも、あのシーンの元ネタになっているかもしれないです」

――予定調和にしない、既存のものに似せないから今泉監督の映画は面白いんでしょうね。

「ビックリするぐらい天邪鬼と言うか、すでにあるものを作っても仕方がないという意識があって。

起承転結がきちんとある中で感動させたり、主人公が成長していく物語に興味がないのも、それはいままでにある物語だから。

そっちの方が観た後にグッときたりするけど、それってみんなできるし、自分より上手な人もいる。だから自分はやらないし、そうじゃないもので面白いものを作る方が難しいと思うので、そっちをやりたいんです。

登場人物の“感情を上げない”のも同じ理由です。感情的にワーワーやれば、お客さんも簡単に熱量が上がってグッとくるかもしれない。

人が死ぬみたいなお話もお客さんの気持ちを容易にコントロールしますけど、俺はそういう作品をシンプルに作るという思考はないかな。あくまでも、自分の好みですけどね」

恋愛映画を撮る上で監督がいちばん大事にしていることは?

『mellow』2020年1月17日(金)新宿バルト9・イオンシネマ シアタス調布 ほか全国公開 配給:関西テレビ放送 ポニーキャニオ©2020「mellow」製作委員会

――それでは、恋愛映画を撮る上で今泉監督が現場でいちばん大事にしていることは?

「最近は、自分の考えていることが絶対に正解だと思わないようにすることを大事にしています。

今回もあったんですけど、例えばさっきの主婦の麻里子さんと揉めたシーンの後、夏目が車で待っている子供のところに戻ってきますが、そのときの田中さんの芝居の温度が、俺が頭の中で思っていたものと全然違っていて。

俺は相手が子供だし、カッコ悪いところを見せたと思って優しくしたり、もうちょっと冷静に子供に『ごめん』って言うと思っていたら、意外とまだイライラしていて。

それを見て、あっ、そっか、そっか、まだ怒りが収まってないんだって気づいたんです。

だから、そういう風に、俺が思っているよりも、役者さんの体感の方が本当だったりするときは、そっちを取り入れたり、話し合ったりして、こっちの方が絶対だって思わないようにしていて。ほかの人が脚本を書かれた作品の場合は脚本家に対するリスペクトもあるので、意外と役者よりもそっちの考えを尊重することもあるんですけど、自分で書いているときはガンガン捨てられます。

ひとりの人間が頭で考えられることなんて!っていうのが自分の中にあるし、やっぱりスタッフや役者のいろんなアイデアを取り入れて面白くなったり、自分の想像していないことが起きた方が嬉しいですからね」

『mellow』2020年1月17日(金)新宿バルト9・イオンシネマ シアタス調布 ほか全国公開 配給:関西テレビ放送 ポニーキャニオ©2020「mellow」製作委員会

――田中さんが演じられたことで面白可笑しい要素が増えたり、夏目がこんなにモテる男になっていったのもそのことと関係しているのでしょうか?

「そうですね。田中さんは、俺の好きな役者さんの傾向でもあるし、活躍されている方はみんなそうかもしれないけれど、自分が、自分がっていう人ではないんですよね。

カッコよく映りたいとか、自分のために芝居をするというよりは、作品のために役がどうあるべきかで演じてくれてたし、すごくフラットでいてくれたんです。

芝居は相手の芝居をどれだけ見て、受け止められるかが大事だと思うんですけど、田中さんが引っ張っていってくれたから、経験の少ない若い役者さんたちもやり易かったんじゃないですかね。みんな助けられただろうし、作品全体の精度を上げてくれました」

『mellow』2020年1月17日(金)新宿バルト9・イオンシネマ シアタス調布 ほか全国公開 配給:関西テレビ放送 ポニーキャニオ©2020「mellow」製作委員会

――ヒロインの木帆を演じられた、岡崎紗絵さんはいかがでした?

「岡崎さんの役はめちゃくちゃ難しかっただろうなと思っていて。

重いキャラにしようと思えば、いくらでも重くできるんですよ、状況も状況だし。

恋愛では夏目に気持ちを伝えるか伝えないかで悩んでいるし、自分のやりたいことがあるのに、亡くなった父親を受け継いでラーメン屋をやっていたりするので、彼女の温度をどうしたらいいのか、自分の中でも明確な答えがなくて。

あまり重くならないようにはしようと思っていたんですけど、あれも岡崎さんの持ち前のちょっとした明るさで、あっ、その温度になるんだ!っていう発見がありました。

話すスピードが少し速かったので、ゆっくりしてもらったり、話し始めるときに『えっと…』っていう言葉を足して、なるべく喋り言葉に直したけれど、視線の使い方も、夏目のことが好きということが最初からバレるようなテクニカルなことをしないでくれたし、木帆は岡崎さんで本当によかったなと思います」