撮影/川野結李歌

大きな鼻のコンプレックスに悩みながらも、美しいひとりの女性を深く慕い続けたフランスの詩人シラノ・ド・ベルジュラック。

口下手で学識のない恋敵の身代わりとなり、彼女に恋文を綴り続けたシラノのせつない物語は、日本でもストレートプレイやミュージカル、はたまた新派の舞台となって多くの人の心を惹きつけてきた。

2019年秋、その有名なラブストーリーがマーティン・クリンプによって脚色され、ロンドンのプレイハウス・シアターに登場。「前代未聞の現代版シラノ・ド・ベルジュラック」と評された作品は、ローレンス・オリヴィエ賞でリバイバル賞を受賞し、大絶賛を受けた。

NT(ナショナル・シアター)ライブの上映でも話題を呼んだ本作が、古川雄大主演、谷賢一翻訳・演出のタッグで日本で初めて構築される。

台詞のみならず、ラップが飛び交う!? 想像を超えた『シラノ・ド・ベルジュラック』、開幕を前に、古川と谷が本作に仕掛けられた“謎”について語った。

フォトギャラリー【古川雄大&谷賢一】インタビュー写真を見る 舞台『シラノ・ド・ベルジュラック』

挑戦状のような作品

撮影/川野結李歌

――古川さんは10年ぶりのストレートプレイ主演だそうですね。本作に心惹かれたポイントを教えてください。

古川 ミュージカルをやらせていただく機会が多い中で、ずっとストレートプレイをやりたいと思っていました。いつでもぜひ!という気持ちで、自分のためにやらなくては、勉強したいなという思いでいたんですね。

『シラノ・ド・ベルジュラック』という作品を知っていく中で、単純に面白いストーリーだなと。たぶん、男は誰しもシラノの生き方をカッコいいと思うんじゃないでしょうか。谷さんがシラノのことを「心優しいモンスター」とおっしゃいましたけど、とても憧れを感じる主人公です。

また今回は、時代的な衣装やカツラを使わず、まったく飾らない状態で表現していかなきゃいけない。とても恐ろしいことですけど、これに挑んだら自分の中で変化が起きるだろうなという期待もありました。

――谷さんには、エドモン・ロスタン作の原作戯曲を現代的に書き換えた、今回のマーティン・クリンプ脚色版の印象をお伺いしたいです。

僕はクリンプ脚色の戯曲を読む前に、NTライブの映画を観ていたので、その演出(ジェイミー・ロイド)込みの印象にはなるんですけど、原作のテイストをしっかり残しながら現代的に換骨奪胎しているさまは、本当に鮮やかだなと思いましたね。

原作通りの話とも言えるけれど、強調されているポイントはずいぶん違う。まるで現代に書かれた話としか思えないように響いてくるのはなぜだろう……と、そんなことを思いながら今、稽古をしています。

新派に翻案された『白野弁十郎』などを読んではいたので、話の枠組みはわかってはいたんですが、シラノという男が二重、三重にも演技をしていき、嘘と本当、代役であること、本人であること……といった点に非常にフォーカスして書かれているので、演劇をやっている人間への挑戦状のようにも感じますね。

――谷さんはこれまでも海外戯曲の翻訳を数多く手掛けて来られましたが、今回の、畳みかけるようなラップの言葉が盛り込まれている翻訳台本を拝見して、相当に難関な作業だったのではと感じました。どのようなことを意識して取り組まれたのでしょうか。

そうですね、ご想像の通り、おそらく今までやったホンの中では一番時間がかかったし、いまだにちょっとずつ直しているのは僕にしては異色なことで。普通は書斎で完成させて、稽古場ではほとんど変えないんです。

NTライブの映画ではマイクを使うシーンが多くてラップのイメージが強いんですが、よく見るとラップじゃない詩の形式を使っていたり、単純に口上の切れ味の良さで勝負しているところもあって、全部ラップにすればいいというものでもないんですね。

日本語のさまざまな面白さや切り口を見せていきたいなと思って翻訳していきました。もう自分の引き出しがすっからかんになるまで開けてまわる……といったことを続けています。

だから苦しんでいるのは英語の難しさではなく、日本語の奥深さと言えるかもしれません。なのですごく苦労しましたけど、楽しかったです。ぜひいろんな人に読んで、聞いて、見てもらいたい台詞になっていると思います。

――まさしく、井上ひさし風の切れ味の良さを感じて、さすがだな!と……。

ハハハ、いえいえ〜足元にも及ばないです(笑)。でも、井上先生の言葉に対するユーモアは、作家は皆、憧れますよね。