誰もが通るピアノの練習曲には距離があった

角野隼斗 撮影/吉澤健太

――中学生の頃は、ピアノのコンクールにはほとんど出ていなかったそうですが、ピアノは続けていたんですか?

開成では、音楽室に全員分の電子ピアノがずらっと並んでいて、全員ピアノを練習するんです。授業で与えられる課題は皆のレベルに合わせてあるので、経験者にとってはつまらないものでした。

そしたら先生が『これ、やれよ』とショパンのエチュード(練習曲)の楽譜を渡してくれて。開いたら『作品10の1』だったから譜読みをはじめて、それからは音楽の授業は一人でショパンエチュードを練習する時間でした。

ジャズやロックに興味を持っていた時期だったのでクラシックピアノに没頭していたわけではないですが、それでも中学3年生の時に「ショパンコンクール in Asia」に出場したり、日々の練習はしていました。

――ショパンエチュード『作品10の1』は、『胎動(New Birth) 』という形で角野さんのオリジナル曲に発展しています。『10の1』は、ショパン「エチュード」全曲の中でも指折りの難曲ですよね。角野さんのピアノには軽やかさや心地よい切れ味、繊細な音色の美しさなど、圧倒的なテクニックのバリエーションをいつも感じます。真面目に練習曲などに取り組むタイプだったんでしょうか。

練習曲はもちろんやりましたが、そんなに多くの量をこなしたわけではありません。チェルニーの練習曲を40番の途中まででやめてしまったし、バイエルやブルグミュラーといった定番もどういうわけか通りませんでした。

ただ師匠の金子勝子先生が考案した「指セット」という基礎練習は練習、レッスンを始める前に必ず行っていて、これは僕にとってとても効果があったと思っています。ピアニストにとって4の指(薬指)が弱いのは共通の課題ですけれど、金子先生の「指セット」でウォーミングアップすると、例えばショパンエチュードの『10-1』のような曲を弾くときの音の粒揃い具合が全然変わるんですよ。