「母子というカップルに優しい社会」のために、いま私たちができること

河合:妊娠中の女性、母乳をあげている女性というのは「人間というのは、実は一皮むけば動物的なところがいっぱいある」という事実を隠せていない存在ともいえるのです。

でも、彼女たちに「動物的なところはしまっておけ!」と言ったところで、妊娠・授乳期の女性はこれしかありようがないのだから仕方がありません。

ただ、動物的な行為も、それを町の中でたくさん見かける社会では人々の抵抗感に免疫ができてしまって、これがつまり「慣れる」ということですが、人前でもOKということになると思うんです。

そうなると、例えば人前で自由にキスできる「恋人に優しい町」ができたり、また授乳がどこでも自由にできる「母子というカップルに優しい町」ができたりする。

母乳育児は「赤ちゃんが飲みたくなったら待ったなし!」なので、母乳で育てる人にとっては、そういう町であってほしいですよね。

そうでなければ母乳のママにとって、外出のハードルは非常に高いものになってしまいますから。

――「母子というカップルに優しい町」は母乳育児中のママのひとりとして、そんな町があったらどんなにいいだろうと思います。でもお話を伺っていると、動物的なモノに対する拒否感と、動物的にならざるを得ないママたちの間の溝は、やはり大変深いようにも感じるのですが。

河合:結論としては、どちらも相容れないながらも致し方のない理由があるワケですから「お互いの立場、感覚を分かり合う」ことが、最終的な鍵になってくるのかな、と。

例えば、産んでいない人たちが母乳育児に必要な授乳頻度を知れば「まさか、そんなにしょっちゅう飲むなんて知らなかったよ!」と思うのではないでしょうか。

「赤ちゃんの授乳は3時間おき」とよく言われていますが、これはあくまでもミルク育児の場合の目安で、母乳の場合はそれこそひっきりなしですからね。

それは、ママだとしても母乳で育てていないとわからないくらいの、知られざる事実ですよ。

赤ちゃんの生理を理解してもらって、「それならしょうがないな」「子育て、がんばれ」と思ってもらえるような社会をつくる。

ママたちが授乳服を着たり、授乳ケープを掛けたりして、「何となくイヤ」「気持ち悪い」と感じる人たちのことも考えて取っている行動も、評価してほしいですよね。

深い溝に橋を架け、双方から相手への配慮が生まれてくるためにも「お互いの立場、感覚を分かり合う」きっかけが、いま必要なのだと考えています。

うれしいことに最近、学校などの教育機関から呼ばれて「妊娠」の授業をさせていただける機会が増えているのですが、きっと、さらに併せて「授乳」教育も必要ですね。

「妊娠」や「授乳」といったことは「これから産みたい人」に伝える必要があるだけではなく、同時に「産まない人」にも伝えることが必要なんです。

なぜなら「産む人」や「赤ちゃん」が社会に協力してもらって生きてゆくためには、産まない人の理解が欠かせないから。

こういったことを学校教育で教えるという考えには「全員に出産を強要するのか」という意見もありますが、もっとシンプルに考えるべきでしょう。

ただ社会として、もはや自然に学べなくなってしまった「妊娠」や「子育て」の常識を持つべきだと思うのです。

人間は産む人と産まない人がいるのが当たり前で、だからこそ、さまざまな情報を共有することで多様な受け皿のある社会をつくることが大切。そのあたりの理解も進むといいな。

そしてゆくゆくは、「母子というカップルに優しい社会」が実現することを願っています。

■河合 蘭(かわい らん)氏 プロフィール

出産専門(出産,不妊治療,新生児医療)フリージャーナリスト。3人の子どもを育てつつ、女性の立場から、現代人が親になるときのさまざまな問題について執筆。

著書は『卵子老化の真実』(文春新書) 、『未妊―「産む」と決められない』(NHK出版)、『助産師と産む―病院でも、助産院でも、自宅でも』(岩波ブックレット)、『安全なお産、安心なお産 「つながり」で築く、壊れない医療』(岩波書店)等。

出生前診断 出産ジャーナリストが見つめた現状と未来』(朝日新書)で、2016年科学ジャーナリスト賞受賞。

国立大学法人東京医科歯科大学,聖路加国際大学大学院,日本赤十字社助産師学校の非常勤講師。NPO法人日本助産評価機構評価委員。

記事企画協力:光畑 由佳

15の春から中国とのお付き合いが始まり、四半世紀を経た不惑+。かの国について文章を書いたり絵を描いたり、翻訳をしたり。ウレぴあ総研では宮澤佐江ちゃんの連載「ミラチャイ」開始時に取材構成を担当。産育休の後、インバウンド、とりわけメディカルツーリズムに携わる一方で育児ネタも発信。小学生+双子(保育園児)の母。