セリフとしては腑に落ちないところがあっても、それはそれでOKじゃないかな
――大倉さんの中で印象に残っているシーンや苦労したシーンはありますか?
最後の方にある海辺でのシーンですね。ちょうど1年前の春先に撮っていたんですけど、風が強くて砂は舞うし、寒いし(苦笑)。2人で海を眺めているところは、髪とか目に砂が入ったりして、撮影にも時間がかかって、意識がなくなるんじゃないかと思いました(笑)。
ただ現場はそんな感じだったんですけど、出来上がった映像を観たら、すごく画がキレイで。でもフィルターをかけられたような感じではなくて、生々しさもあって、ファンタジーじゃなくてリアルな感じが伝わってくる。このシーンでの恭一と今ヶ瀬はすごく複雑な感情を抱えているんですけど、そこがあんな風にキレイなのがいいな、って思いました。
――印象に残っているセリフはありますか?
恭一が「もういい歳なんだから、いつまでも恋だとか言ってないで」って、今ヶ瀬を諭すんですけど、そう言っておきながら「一緒に暮らそう」って言うところ。矛盾しているなと思っていて、結局、そのセリフを言ったときも、その意味を理解してはいなかったんです。けど普段自分が生きていて、自分が発する言葉のすべてを理解しているわけじゃないから、そういうセリフがあってもいいのかな、って。
気持ちの部分では理解をしているので、そうやってセリフとしては腑に落ちないところがあっても、それはそれでOKじゃないかなって。そう思えたのが、逆に良かったと思っています。
原作からそうなんですけど、この映画には素敵な言葉が散りばめられていて、人間らしいセリフもあれば、哲学的なセリフもあって、人それぞれ引っかかる言葉違ってくると思うんです。僕自身、いろいろと考えさせられる現場になりました。
――最後に映画全体の感想を聞かせてもらえますか?
僕自身は自分が出過ぎているので客観的になれないんですけど、行定さんはすごくいい映画になったと思うとおっしゃっていて、それが救いになっています。
お気に入りのシーンというと、恭一と離れているときの今ヶ瀬のシーンですかね。僕はその場にはいなかったので、完成したものを観て、その表情だったりを確認したんですけど、現場ではそれを想像しながら演じていたので。お気に入りというか、気になるシーンですかね。
観てくださる方には、原作では言葉で書かれている部分を、映画では説明をそぎ落として、間とか余白とかを使って見せているので、そういうところは感じてくれたらいいな、と思います。自分のことは忘れてしまいましたけど、皆さん、素晴らしい表情をされています。
観に行く動機は何でもいいんです。ただ一度でも恋愛をしたことがある人ならば、理解できる感情があると思うし、この2人の恋愛を見届けたとき、皆さんがどういう感想を持つのかが気になります。いろんな楽しみ方をしてもらえたらな、と思っています。
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普段はあんなにカッコいい大倉さんが、ご本人も言っていた最低な人物を、本気でちょっと嫌だな、と思ってしまうくらい、リアルに演じています。ただそんなクズな恭一が、今ヶ瀬からの愛情を受けることで、愛おしくも見えてくるのが不思議であり、何となくそれが愛の力なのだと感じてきます。
一つの恋愛を丁寧に描いた映画『窮鼠はチーズの夢を見る』。気持ちの上では、きっと自分と重なるところがあるはずです。
作品紹介
『窮鼠はチーズの夢を見る』
全国の劇場にて上映中
©水城せとな・小学館/映画「窮鼠はチーズの夢を見る」製作委員会