自分の感情を表現するスイッチを持っている

撮影:山口真由子

――最近の出来事で、誰かに“共有”したくなることはありましたか?

石井裕也監督の『アジアの天使』という映画を観たんですけど、それは周りのみんなに知らせました。「“アジ天”良かった!」って(笑)。

ちょっと言い方が悪く聞こえるかもしれませんが、あそこまでバカみたいに映画の力を信じられるというか、映画のためにバカになれる人たちの姿を見て、日本映画の世界にはこんなにも素敵な先輩たちがいるんだ、と。僕にとっては一つの希望になりました。映画館を出たあとの普通じゃいられない充実感が最高でした。

映画館で映画を観ることも、スクリーンをみんなで共有することなので、素敵なことだな、と改めて思いましたね。

――藤原さんはどんな気持ちを人と“共有”したい、と思いますか?

怒ったときはほとんどならないですね。あと悲しいときは“共有する”というより、“伝える”という感覚が強くて。だから“共有”したくなることは、うれしいとき。美味しい焼き鳥屋さんを見つけたときとかは、すぐに友達に紹介します(笑)。もう会う人、会う人に伝えますね。

――ご自身の感情を素直に相手へ伝えられるんですね。

わりとそうかも知れないですね。自分の感情を表現するスイッチを持っている、というか。普段はオブラートに包んでいることでも、瞬間的にそれをはがせるんですよ。

自分が何かを脱ぎ捨てることで、相手ともっと深いコミュニケーションが図れるのであれば、まずは僕が脱ぐよ、と。その場を楽しい時間に変えたいときとかに、よく脱ぎ捨てます(笑)。

撮影:山口真由子

――例えば、作品を作っているときに、周囲と自分の考えが異なることもあると思うのですが、そういうときも素直に伝えますか?

その場合は、まず1回は、相手の考えを受け入れますね。僕自身が変化を望んでいるので。熊本の方言で「のさり」という言葉あって、「天から与えられたもの」とか「あるがままを受け入れる」という意味で、そういう心境というか。

自分と違う考えを受け入れることができたら、その先に自分が知らない自分が待っているかも、と思えるんです。自分の変化を見てみたいんです。

もちろんそれが間違っていることであれば言いますし、作品を一緒に作っていく上では自分の考えていることを伝えないといけない場面はあるので、それは前提にありますけどね。

――最後に本作を観てくださる方にメッセージをお願いします。

物語の舞台がどこかもよくわからない、世界の片隅で生きている人たちの物語です。取り巻く環境が閉塞した状況であっても、それを打ち倒すんだ、という気持ちに溢れた作品だと思います。

それは、厳しい現実を見つめつつ、物語にロマンを持っている三島監督だからこそ、撮れたのだと思います。いい意味で他の11本とは似ていなくて、僕はこの作品に出演できて幸せだな、と思いました。

作品から何を感じるかは、観た人の自由ですけど、僕自身は、閉塞した状況があっても、変えるというか、ぶっ壊すことができるんだ、と。これまで生きていく中で培ってきた価値観すらも、誰かと出会って破壊することができるんだ、と。そういうロマンを観てくださる方にも届けられたらいいな、と思っています。

©2021 Sony Pictures Entertainment (Japan) Inc. All rights reserved.


映画の中では名前も呼ばれない、観客には彼の名前が“歩”とさえわからない。そんなわからないことだらけの青年を演じた藤原さんですが、その人物になるために、撮影前に役の衣装を着てプライベートを過ごすなど、ご本人曰く「この作品に何かを懸けて臨んでいた」というキャラクターです。わからないからこそ、観る側の想像力を掻き立てられる存在でもある“歩”は、ぜひ映画館で。

そして、コロナ禍の中でも、新たな作品を生み続けるエンターテインメントの今を、この『DIVOC-12』の12本から感じ取ってほしいです。

スタイリスト/ Shohei Kashima(W)、ヘアメイク/ 須賀元子

作品紹介

映画『DIVOC-12』
2021年10月1日(金)全国ロードショー