光畑:産後でも、赤ちゃんを連れて旅に出られないということはない。出かけられるんだよってことが分かってしまえば、わざわざハイリスク期に、危険を冒して出かけなくてもいいんだよね。
宋:最初のお子さんの時には「出産した瞬間、育児が始まる!何にも分からない世界へ放り出される!だから今のうちに『マタ旅』に行っておかないと!」という風に、思ってしまうのは無理もないことなんですが。
また下のお子さんの妊娠時には「そうはいっても、上の子が夏休みにどこも行けないのはかわいそう」というのも、分からないでもない。
でもせめて、安全なところへ行ってほしいですね。たとえ遠出しなくて近場でも、子どもはママと一緒なら、十分楽しめるんですから。
この間も妊娠8週でヨーロッパから日本へ遊びにいらした方が、機内で出血をされてクリニックにいらっしゃいましたけど「そちらの国でも『マタ旅』はよくあることなんですか」って聞いたら「いや、主治医にはあんまり勧められなかった」って。
「日本のアキバに一度来てみたかった!」というなら、それは有り難いし嬉しい話なんですけど(笑)でもなにも今じゃなくていいよね、と思うんですよね。
――お医者様の視点から「マタ旅」と「赤ちゃん旅」のリスクって、どのくらい異なるものなのでしょうか。
宋:まずどちらにしても、具合が悪くなった時にかかれるところがあるかということですよね。
例えば赤ちゃんを連れての旅にしても、旅先で高熱が続いたりしたら受診しないといけませんから。
そして敢えて「マタ旅」のリスクについて突っ込めば、妊娠中は、先が読めないんです。
いまの今まで正常だったのに、急に悪化することがあるのが妊娠なんですね。
そして妊娠中、胎児に何かあった場合には、入院して動けなくなるリスクが非常に高い。旅先でお産をしないといけなくなったり、現地の病院で赤ちゃんがNICUに入って、ママが通わなくてはいけなくなったり・・・産後に子どもが病気になったというケースより、状況が複雑になりがちなんです。
光畑:私も妊娠中の急変については経験がありますが、母子とも命に関わりますから。
宋:国によっては、赤ちゃんを預けてママが旅行に行くことが割と普通なところもあります。日本でそれをやると「子どもをないがしろにして!」とかムッチャ叩かれますけど、私からしたら胎児連れで「マタ旅」に行くくらいだったら、産後に赤ちゃんを預けて出かけた方がむしろいいんじゃないかと。
純粋にリスクということで考えるなら、赤ちゃんを連れて行けそうなら連れていったらいいし、難しそうな場所なら預けたっていいと思います。
光畑:産後、いかに普通に過ごせる可能性があるかということを、みんな理解していないのかも。
宋: 妊娠中の妻に海外旅行をプレゼントしたり、国内でもちょっと遠出になるプランを作ってくれるパートナーというのも、現実には少なくないみたいで・・・別にそれで「チケットはキャンセルしなさい!」とは言わないけど。
「マタ旅」は絶対にするな!とは言わないまでも、産後、もっと気軽に計画と立てて欲しいなって思いますよね。
もうひとつオマケに言っておくとすれば、芸能人の「マタ旅」ブログね!あれで「私も行っとかないと!」みたいな気持ちになる。
インスタでも「#ハワイ」「#お腹大きい」「#ビキニ」とかで、写真をあげるのが流行ってる!あれは、本当にやめてほしい!
光畑:妊婦さんのそういう行動って、一種の“メメント・モリ”なんじゃないかなぁ。
――メメント・モリ?「自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな」という警告のメッセージ、ですか?
「出産=社会的人生の死」ではない!一番大事なのはママが笑顔でイキイキしていること
光畑:私も最初の子を身ごもった時「赤ちゃんが生まれたら、いろんなことができなくなる!」と思って「一日一日を大切に生きよう、明日死ぬかもしれないから」と思ったワケですよ。
宋:なるほど、そういう意味での“メメント・モリ”ね。
光畑:でも、赤ちゃんを産むということは全然、自分の社会的人生の死じゃないんだよ、ということをみんなに伝えたい。
宋:まずは0歳児を抱えている自分が想像できない、というのが大きいですよね。だってみんな、子どもなんて産んだこともないのに、おっぱい出るかなーから始まって、オムツ替えたり、お風呂に入れたり、分からないことがいっぱいでしょ。
自分が産んだ後、どういう生活になっているかを想像もできないのに、さらに子連れで旅行もできるだろうって思える人は少ないですよね。
ましてツイッターなんかを見ていると、子育てに対する漠然とした不安にあふれてる。「子育ては大変だ!だからママを理解しろ!」っていうような情報ばかりで、ポジティブな話がなかなか出てこない。
そうなると「やっぱり出産前、お腹に赤ちゃんがいるうちに行っちゃおう」ってなるのかなって。
光畑:ママたちの思い込みって、言ってしまえば“呪い”みたいなものだよね。
宋:マタ旅も「行っとかなきゃダメ」だし、産後に旅に出られないのは「母たるもの自分の快楽を追及してはダメ」だし・・・
――「ママあるある」ですね。
宋・光畑:ない!ない!(笑)
宋:もっと、ゆるくやろうぜ!(笑)
だってママが、子どものためにアレもコレも我慢しないとってなったら、逆に子どもに、見返りを求めそうじゃないですか?
光畑:いわゆる“毒母”だよね。
宋:「こんなに私が頑張って育てたのに」とか「だから言うことを聞け」とか「こういう風になってほしい」とか。
光畑:どっかで、出てきますよね。
宋:まったく無償でっていうのって、ヒトとして“理想論”過ぎると思うんですよ。
「ある程度、私も好き勝手したし、あなたはあなたの人生だよね」っていう方が健全だと思う。
光畑:子どもに一生懸命になり過ぎる、こうなるといわゆる“共依存”になってしまう。
宋:生まれてすぐの愛着形成っていうのは、その後の親子関係だったり、子どもの成長だったりに影響するものなんですけど、マジメで頑張り過ぎちゃう人は、周りが見えなくなっちゃうんですよね。
「なんで私はできないんだろう」とか「どうして完璧にできないんだろう」とか・・・
母子愛着、赤ちゃんへの気持ちスコアと、産後うつのスコアが相関するという研究結果も論文として出されています。ママのメンタルが過度に赤ちゃんに向かい過ぎるのはやっぱり、ひとりの人間として健全な状態ではないんです。
そして産後うつになってしまうと、赤ちゃんをかわいいと思う余裕すらなくなります。それこそ「やらねば」という“呪い”だけになってしまう。