返り血を浴びれば浴びるほど、銀幕の中の彼は輝いて見えた。
俳優・宮沢氷魚がまた新たにその存在をスクリーンに焼きつけた。公開中の映画『グッバイ・クルエル・ワールド』で演じたのは、ラブホテルの従業員・矢野。強盗団が奪った大金をめぐり、玉城ティナ演じる風俗嬢・美流とタッグを組んで、事件の中心へと飛び込んでいく役どころだ。
宮沢氷魚の演じる役は、どれも宮沢氷魚にしか出せない唯一無二の存在感がある。表現者として、彼は自分自身のことをどう捉えているのだろうか。
矢野本人にとっては転落ではなかったと思う
「きっと今この瞬間を生きてるという快感があったと思います。しかも、タッグを組む相手は、自分のことをいちばんわかってくれている美流。彼女と何かをなし遂げている達成感もあったはず。あのとき、矢野は今まで感じたことのないハイな状態にいたんじゃないかなという気がします」
そう銃を手に粛清を果たすシーンを振り返った。平凡な日常を生きていたはずの矢野は、美流と出会ったことで、今まで知ることもなかった裏社会へと巻き込まれていく。はたから見れば転落劇。けれど、宮沢は「本人にとっては転落ではなかったと思う」と矢野の気持ちに寄り添った。
「撮影現場は血のりですごいことになっていて。もちろんそれが偽物だということはわかっている。でも演じているときは、返り血も全部本物だと思っているわけじゃないですか。しかも目の前では3秒前まで生きていた人がバタバタと死んでいって。その中で自分は生きている。なんだか変な感じでした」
予告編でも、返り血を浴びながら銃をぶっ放す矢野と美流の姿が鮮烈におさめられている。死とは、日常の真逆にあるもの。退屈を持て余した矢野は、それを目の当たりにすることで、初めて生に覚醒する。
「ビルの屋上でパルクールをする動画をYouTubeにアップされている方がいるじゃないですか。普通の感覚で言えば、そんな危ないことできない…と感じると思うんですけど、きっとあの方たちも生死のギリギリのところに自分を追い込むことで、何か特別な快楽物質みたいなものが出ていると思うんですよ。それに近いものがあのシーンにはありました」
矢野を演じる宮沢の髪は赤く染まっている。このインパクトのある髪色は、矢野を理解する上で大きな助けになったと言う。
「矢野って、たぶん言葉でうまく自分を表現できない人間なんですよね。思ったことをうまく言えない分、自分の内に秘めているものを何らかの形で表に出したかった。そのひとつのメソッドとして、髪型があったのかなと。たぶん何の感情もなかったら髪を染めることすらしないと思うんです。でも、彼の中には何かに反抗したい気持ちがあった。それがあの髪型に表れているんじゃないかなと思います」